社会不安を抱きやすい人ほど、実はキョロキョロしない?
本研究では、イギリスの大学に通う学生30名を対象に、見知らぬ人が部屋に入ってきたときの視線の動きをトラッキングしました。
並行して、学生たちには、「社会不安障がい(SAD)」のスコアを評価するアンケートに回答してもらっています。
社会不安障がいとは、社会的状況(たとえば、初対面での会話や人前でのスピーチなど)において、周りからどのように思われるかを必要以上に気にして、過度の不安や緊張に襲われることです。
具体的な症状としては、不安や緊張による腹痛、発汗、赤面、ふるえ等があげられます。
過去のアイトラッキング研究では、社会不安のある人は他者をあまり見ない傾向がある「回避性(avoidance)」と、反対に、周りにいる他者をより注意する「過覚醒(hypervigilance)」の両方が指摘されています。
しかし、どの実験も調査方法がかなり人為的であるため、自然な観察ができていませんでした。
そこで今回は、本物の社会的シナリオに近い状況を設定し、実験を行いました。この種の研究では初めてのことです。
まず、学生は一人ずつセミナールームに呼ばれ、椅子に座って、視線追跡用メガネを装着し、先のアンケートに回答してもらいます。
学生たちには事前に「視覚探索タスクにおける目の動きを観察する」とだけ伝え、実験の目的は明らかにしていません。
そして、最初の視覚探索タスクをしてもらった後、実験者が何か忘れたふりをして部屋から出て、その直後に、見知らぬ協力者が部屋に入ってきます。
協力者は、他の実験参加者のふりをして、先にいる学生に軽く挨拶してから、自分のアンケートに取りかかります。
この「見知らぬ人との対面」という不安を誘引する状況での学生の視線の動きを追跡し、SADのスコアと比較分析。
その結果、SADのスコアが高い学生ほど、「協力者への視線の初期固定時間が短く、周囲への視覚探索レベルも低い」ことが判明しました。
もっと噛み砕いて言うと、社会不安を覚える人ほど、見知らぬ人に気づいてから目をそらすスピードがはやく、さらにキョロキョロしなかったということです。
つまり、これは過覚醒ではなく、回避性を意味します。
また、SADスコアが低い学生でも、過覚醒より回避性を示していました。
なぜ視線を動かさないのか
これについて、研究主任のイルマ・コノバロワ(Irma Konovalova)氏は、「儀礼的無関心(civil inattention)」という現象を反映している可能性が高いと指摘します。
儀礼的無関心とは、見知らぬ人同士が互いの存在を認めながらも、儀礼的に無関心を装う行動です。
たとえば、エレベーターの中で赤の他人と乗り合わせたとき、自分の存在をアピールせず、かつ「あなたのことも気にしてませんよ」と装うことがあるでしょう。
他人にジロジロ見られることは心理的なストレスとなりますが、それを互いに回避する行動、これが儀礼的無関心です。
学生たちは、まさにこの行動を取っていたと予想できます。
特に、SADスコアの高い学生は、スコアの低い学生に比べて、他人を見つめる時間も短く、ほとんどキョロキョロしない上に、視線の移動範囲も狭いことが分かっています。
これは、視線の動きを抑制することで社会的な不安に対処しているからだと考えられます。