「気にしない」ほうが楽なのに、体にとってもそうなのか?

蚊に刺されたところがかゆいとき、そこばかり気にしていると、ますますかゆく感じられてきます。逆にテレビや仕事に集中しているうちに、いつの間にか気にならなくなっていることもあります。
これは単なる気のせいではなく、痛みやかゆみから注意をそらすと不快感が弱まることは、以前から研究で確かめられていました。
だからこそ「嫌な感覚はなるべく気にしないほうがいい」という対処法は、日常の知恵としてだけでなく、医療の現場でも使われてきました。
ただ、この知恵には確かめられていない部分が残っていました。
注意をそらしたときに変わっているのは、脳が受け取る「不快さ」だけなのでしょうか?
それとも、その不快さを生み出している炎症という体の反応まで、一緒に変わっているのでしょうか?
もし前者のように「不快さ」だけの話なら、気をそらすのは不快さを感じないぶん、完全にお得です。
ですが後者のように患部に注意を向けることそのものに何らかの効果があれば、話は違ってきます。
そしてこれまでの研究では、意識的な注意がヒトの急性炎症そのものを変えられるかどうかは直接確かめられていませんでした。
意識を向けると炎症が抑えられる
そこで研究チームは、健康な成人57人の腕に、炎症を起こす成分(ヒスタミン)の液を1滴垂らし、その上から細い針で皮膚を浅く刺す処置を行いました。
すると虫刺されとよく似た反応が現れ、中心に白っぽく盛り上がった腫れ(膨疹)と、その外側に広がる赤み(発赤)が生じます。
炎症が強いほど、芯も赤みも横へ大きく広がります。
またこの反応は数分でふくらみはじめ、15〜20分ほどで山を迎える短い反応なので、立ち上がりから引きはじめまでの流れを、その場でまるごと追いかけることができます。
最初の実験は37人の被験者を対象に20分間にわたり、腕のかゆみやヒリヒリ感に意識を集中したときと、動画に見入ってもらったときが比較されました。
結果、処置から20分たった時点で、中心の腫れの直径は、腕に注意を向けたときが平均3.5ミリだったのに対し、動画を見ていたときは5.0ミリに広がっていました。
また外側の赤みも、腕に注意を向けたときは直径10.6ミリだったのに対し、動画を見ていたときは14.0ミリと広くなっていました。
腫れも赤みも注意をそらしたときのほうが、どちらも1.5倍ほど大きくなっていたのです。
しかも参加者の約90%が同じ傾向にあり、一部の人にたまたま起きたことではありませんでした。
さらに時間の経過を追うと、大きさとは別の違いも見えてきました。炎症は膨らみ続けるわけではなく、どこかで頭打ちになって引きはじめます。
その折り返しを中心の腫れで確かめたところ、20分の時点までに折り返しを迎えていた人は、腕に注意を向けた条件では約90%にのぼったのに対し、注意をそらした条件では46%にとどまりました。
注意を向けた側では、炎症が小さく収まっただけでなく、中心の腫れは引きはじめるのも早かったのです。
研究チームは、別の20人でもう一度この現象を確かめています。
ただ今度は、どちらの条件でも同じ抽象図形を見てもらいました。
一方のセッションでは、図形が切り替わるたびに腕の感覚へ意識を戻してもらい、もう一方のセッションでは、その図形が現実にありえる形かどうかを考えてもらいます。同じ20人が、日を変えて両方を体験しました。
見ているものを揃えて、患部への注意だけを変えたわけです。
それでも同じような結果が得られました。
意識を向けていたときより注意をそらしたほうが、炎症反応が約1.6倍ほど大きくなっていたのです。
さらに研究では、かゆみやヒリヒリ感の強さも申告してもらっていました。
すると予想通り、腕に注意を向けていた参加者は、かゆみやヒリヒリ感をより強く感じていました。
つまり、意識を向けることにより炎症によるかゆみやヒリヒリ感は強くなったのに、炎症そのものは小さく収まっていたのです。
麻酔で感覚を鈍らせたら、効果はどうなるか
「つらく感じているほうが炎症は小さかった」
この食い違いは「気をそらせば楽になり、楽になったから炎症も収まった」という多くの人が思い描きがちな筋書きを退けます。
意識を向けてつらい感覚を強く感じていたほうが炎症が小さくなっていたのですから、この説明は成り立ちません。
そこで研究チームは、逆の筋書きを描きました。
かゆみやヒリヒリ感は、ただの不快な副産物ではなく、炎症の現況を伝える報告なのではないか。脳はその報告を読んで体の状態を調整しており、注意を向けることは報告に耳を澄ませることにあたるのではないか?
届く情報が鮮明になるぶん、体は免疫反応を細かく制御できるようになるという説明です。
この読みが正しければ、麻酔で感覚を鈍らせて報告の声を細らせれば、注意の効果は弱まるはずです。
そこで3つ目の実験では、先の実験に参加していた17人にもう一度集まってもらい、腕にあらかじめ局所麻酔薬(リドカイン)のクリームを塗って感覚を鈍らせておき、そのうえで炎症を起こして、同じように腕へ注意を向けてもらいました。
結果は、半分だけ予想どおりでした。
感覚を鈍らせると、注意による効果は確かに弱まりましたが、が完全には消えませんでした。
麻酔をした状態でも、注意を向けていたほうが腫れが小さかったのです。
さらに、炎症が起きて引いていくまでを追ってみると、麻酔をした状態では引きはじめる折り返しがはっきり鈍っていました。
皮膚から届く感覚は、炎症を鎮めて元へ戻す後半局面でとりわけ効いているようです。
裏を返せば、麻酔の影響が目立たなかった前半、つまり炎症がふくらんでいく局面では、皮膚の感覚とは別の何かが働いていたようなのです。

































