■「科学」と「宗教」は、相互に「万物の真理」への問題を共有しつつも、方法の違いにより対立している
■古生物学者のグールド氏は「NOMA」という理論により、科学と宗教は別々の領域に属し、相互に干渉しないと主張
■進化生物学のコイン氏は「NOMA]に反対し、道徳的な意味や価値を扱う領域は宗教だけではないと指摘
「科学」と「宗教」は方法は違えど、共に万物の真理についての問いを持っています。科学は事実によって、宗教は信念によって同じ問題に取り組み、両者は相補的で互いに助け合うことができるという声もあるのです。
しかし、シカゴ大学の進化生物学のジェリー・コイン名誉教授は、科学と宗教の相性が良いという主張に反対しています。双方の間には深い対立があると同時に、世界の見方について意見の不一致があるというのです。
それを証明するものとして、アメリカの世論調査機関「ハリス・ポール」の統計調査によると、アメリカの科学者の64%が無神論者であり、対して一般のアメリカ人の無神論者は6%であることが分かっています。現実に、科学と宗教との間には越えがたい溝があるのです。
まずもって、「科学」とは検証可能な事実や理論にもとづいて真理を発見するためのツールであり、自然観察や仮説証明のための実験などがそれに当たります。一方で、「宗教」は道徳価値や超自然的な存在を用いることで真理を導き出そうとします。
コイン氏によると、「科学は宗教の方法論に対して批判的であり、証拠のない信念は悪徳以外の何物でもない」。
それに対して宗教は、信念に理由を求めないからこそ「信じる」という効果が発揮されます。このことからすれば、同じ問いを持つ2つの領域は、互いの方法論において対立しあうのです。
しかし、この考え方に反して、アメリカの古生物学者であったスティーヴン・ジェイ・グールド氏は「科学と宗教は互いに侵害しあわない」と主張していました。
グールド氏は、科学と宗教が相互に干渉すべきではないことを述べるために「重複なき教導権(NOMA=Non-overlapping magisteria)」という考えを提唱したのです。
「NOMA」において、「科学」は事実と理論を扱う領域として、対して「宗教」は道徳的な意味や信念を扱う領域としてあるべきで、互いに相容れないものだと主張されました。
しかし、コイン氏は「NOMA」に批判的です。というのも、宗教は科学がしているような万物に関する事実への主張を行っていますし、また、宗教だけが道徳的な意味や価値についての問題を扱う分野でもないからです。哲学や倫理といった学問は長年の間、こうした意味の問題に取り組んできました。
コイン氏は、科学的な知識のみによって人生の意味を決めるのは理不尽であるとした上で、そこで希望的観測により自分の都合の良い方向に解釈するのも間違いであると指摘します。結局、科学と宗教は、水と油のように相容れない性質を含んでいるのかもしれません。そこを混ぜるには、何か大きな「ハブ」が必要なのです。