強靭な牙で獲物をハントする「死神」だった
新種の化石自体は、エジプト西部のファユーム窪地で2008年に行われた調査の際に発見されていました。
ファユーム窪地はかつて海に覆われており、始新世(5600万~3390万年前)のセイウチや原始クジラの化石が出土することで有名な場所です。
採取された化石は頭蓋骨、顎、歯、椎骨、肋骨などを含み、およそ13年かけて詳しく分析されました。
その結果、この化石の主は、クジラが陸生から水生に移行し始めた「プロトケトゥス科」に属することが分かっています。
全長は約3メートル、体重は600キロ近くあり、陸上で体を支えるための四肢がありました。
しかし、体重がかなり重いので、犬のような軽快な走りは不可能で、今日のアザラシやアシカに近い形だったと推測されています。
最大の特徴は、頭蓋骨の形と歯の鋭さがジャッカルに似ている点です。
これは他のプロトケトゥス科には見られない特徴で、それを活かして小型の哺乳類やワニ、その他の魚類を捕食していたと考えられます。
ただし、陸上では俊敏に動けなかったはずなので、主に水中での狩りを得意としていたでしょう。
こうした特徴から、研究チームは、ジャッカルの頭をもつエジプト神話の冥界の神・アヌビスにちなんで、学名を「フィオミケトゥス・アヌビス(Phiomicetus anubism)」と命名しました。
研究主任のアブドゥラ・ゴハール氏は次のように述べています。
「このクジラは恐ろしく強靭な顎と牙で、多くの獲物を餌食にしていたでしょう。
同じ生息圏にいた動物にとっては、まさに死神のような存在だったと考えられます」
また、同チームのロバート・ボゼネッカー氏は「新種の化石は、クジラが陸上で生きていた時代から、完全に水中に移行する過程を理解するためのヒントとなる」と話します。
今日のクジラはすべて水中で生活していますが、最初からそうではありませんでした。
こちらは、クジラの進化を追った映像です。
最古のクジラとして知られるオオカミサイズの「パキケトゥス」は、約5000万年前に現在のパキスタン(南アジア)で陸上生活を送っていました。
そこから、いつクジラはインド・パキスタン海域から移動を始め、世界中に広がっていったのでしょうか。
フィオミケトゥス・アヌビス(以下、P. アヌビス)は、その謎を解く重要な鍵となります。
チームが化石を分析したところ、P. アヌビスは、アフリカで見つかっているプロトケトゥス科(半水生クジラ)の中で、最も古い種であることが判明しました。
つまり、P. アヌビスは、南アジア海域からアフリカ方面へと進出してきた原始クジラの初期の種と予想されます。
まだ多くの点が謎に包まれていますが、今後、P. アヌビスの足跡を追うことで、クジラの進化のミッシングリンクを埋めることができるかもしれません。