指ポキポキのメカニズム
指を曲げたり引っ張ったりするとき、なぜ「ポキッ」という音が発生するのでしょうか。
キャビテーションと呼ばれる気泡の現象が深く関わっているといわれます。
もともと船のプロペラやエンジンなど、液体の圧力が急激に変化する場面で生じることで知られているキャビテーション。
そして、関節という狭い空間でも、キャビテーションに似た仕組みが起こるのではないかと考えられていました。
関節内には、潤滑や衝撃吸収の役割を果たす滑液(関節液)が満たされています。
また、関節内には血液中から溶け出した二酸化炭素などのガスが少量含まれており、外部から強い力で指を引っ張るなどして急激に関節が伸ばされると、内圧が下がって瞬間的に気泡が生まれることがあります。
これがまさにキャビテーションで、ガスの泡がはじけるときの衝撃音があの「ポキッ」なのだ、というのが1970年代から広く支持されてきた説です。
ところが、このキャビテーション説には疑問が残っていました。
実験によっては「関節を鳴らしたあと、滑液内に気泡がまだ残っている」ことが報告されていたのです。
本当に泡が完全に弾けて音を出しているなら、音が鳴った後はすぐに泡が消えてしまうはずではないか。
この矛盾をどう解決するかが大きな争点になっていました。
こうした矛盾を解決するとして注目されているのが、「一部のみ崩壊する気泡」という新しい視点です。
2018年に科学誌『Scientific Reports』で発表された数理モデルでは、気泡の全部が一気に潰れるのではなく、部分的に崩壊して音を発生させ、残りのガスは関節液中に漂い続ける可能性が示唆されました。
つまり、泡がなくなるほど大きく崩壊しなくても、音を鳴らすのに十分な圧力変化が発生するというわけです。
さらに、指が引っ張られるときにはトリボヌクリエーションと呼ばれる現象も関与すると考えられています。
これは接触していた面が引き離される際、局所的に圧力が急低下して気泡ができるプロセスです。
キャビテーションとはやや定義が違いますが、どちらにしても最終的には「急激な圧力変化から気泡の生成と崩壊」が音の発生源になる可能性が高いといわれています。
とはいえ、この瞬間を実際に画像として捉えるのは容易ではありません。
関節内部は骨や組織に覆われているうえ、気泡が弾ける時間はミリ秒以下。
MRIやレントゲン撮影のフレームレートでは追いつかず、実験結果が矛盾して見える場合もありました。
そのため、複数の研究がそれぞれ異なる結論を出すことになり、「キャビテーション説は本当なのか?」、「部分崩壊なら矛盾が解決するのか?」といった議論がいつまでたっても収束しなかったのです。
しかし、最新の高速イメージング技術や数理シミュレーションの進歩により、指ポキポキの瞬間を理論的に再現できる可能性が高まってきました。
今後さらに高解像度のMRIや超音波検査技術が整えば、指の関節の中で何が起きているのかをリアルタイムで詳しく観察し、謎を完全に解き明かせるかもしれません。