腸内細菌叢は決して正義のヒーローではない
多くの人は、「腸内細菌叢」というと、栄養素の吸収を助け、病原菌の侵入を防ぎ、健康を守ってくれる「完全な恩人」のように考えがちです。
確かに、食物繊維を分解してエネルギー源を供給したり、ビタミンを合成したりと、その恩恵は大きいことは間違いありません。
しかし現実には、こうした微生物たちはただ「善良」であり続けるわけではなく、場合によっては私たちの体に思わぬ負担やトラブルをもたらすことがあるのです。
その一端を示すのが、1970年代に行われた無菌マウスの研究です。
微生物が存在しないマウスのほうが、微生物と共生しているマウスよりも長寿かつ健康状態が良好であるという結果は、当時の常識からすれば非常に意外なものでした。
さらに多くの研究が積み重なるにつれて、私たちの腸内細菌叢は、若い頃は比較的安定しているものの、50代を境にバランスを崩し始めることが明らかになっています。
年齢とともに、元々健康を支える中核菌が減少し、代謝の乱れや炎症を引き起こすような菌が台頭してくるのです。
この現象を「ディスバイオーシス」と呼び、老化を促進する一因として注目されています。
たとえば2013年に行われた研究や2024年に発表された研究では、ディスバイオーシスの悪影響について述べられています。
また免疫の観点からは、腸内細菌叢を健全な状態に保つために、宿主(つまり私たち自身)の免疫系が24時間体制で働かなければなりません。
免疫システムは、微生物を監視し、不必要な菌の増殖を防ぎ、腸内の環境を整えるために多くのエネルギーを消費しています。
また、腸の粘液層を産生する細胞も、細菌が腸内から逃げ出さないように防衛するために絶えず働いています。
この「維持コスト」が蓄積すると、結果として体全体のエネルギーバランスが乱れ、老化が促進されるのです。
すなわち、善玉菌と呼ばれる微生物さえも、維持するためのコストが宿主にとって大きな負担となり、老化の原因となり得るのです。
彼ら(微生物)の本当の意図を知るには、宿主による制御が永久に解除されたときに何が起こるかを考えてみるとよいでしょう。
私たちが死を迎えると、腸内細菌はわずか30分ほどで血流へと進入し、全身の臓器を分解し始めるため、死後の体は内部から大きく膨張します。
普段は「共生関係」に見えるこの微生物たちも、制御の網が外れるとあっという間に私たちの組織を食い荒らし始めるのです。
だからと言って、殺菌剤を飲めばいいわけではありません。
先にも述べたように、腸内細菌叢や善玉菌たちは、存在するだけで致命的な感染から私たちを防御してくれます。
また、いくつかの菌では、ビタミンを供給したり、精神を安定させたり、認知能力を強化するなど、オプション的な利益ももたらしてくれます。
なにより、実験用マウスのように生まれてから死ぬまで無菌環境が提供されていない現実では、腸内細菌叢を手放すのは自殺行為です。
重要なのは、今までの「善玉菌神話」にとらわれず、彼らの真の姿や存在する目的を考え直すことです。
そのためには、腸内細菌叢やその中の善玉菌たちは、単なる「善良なヒーロー」ではなく、「利己的な金貸し」のような存在と捉えるべきかもしれません。
双方の利益が一致している場合、彼らは少ない利子(わずかな寿命マイナス)で致命的な感染から守ってくれます。
また、オプションとして精神安定効果や認知機能の増強など、場合によっては人生や寿命にプラスになる贈り物もしてくれます。
(※ただし、無菌マウスの実験からわかるように、多くの場合、贈り物による寿命延長効果は利子を超えません。)
しかし、人間が高齢になり弱ってくると、取り立てが強化され、次第に求められる利子が増加し、老化を促進する原因にもなり得ます。
致命的な感染から守ってくれる効果や有益なオプションはかろうじて提供され続けますが、完全に無菌環境で生活している場合と比べて、老化が目立ち始めるのです。
そして最後に、人間が死んでもしまった場合には、乱暴に負債を回収するかのように人間の体を食べ始めます。
(※極端な例として、カードゲームの説明欄のように書けば……「わずかな寿命をコストとして捧げることで、危険な病気から命を守ったり、有益な贈り物をくれる。ただし、高齢になると捧げなければならない寿命コストが無視できない量になっていく。そして、死後の肉体は彼らに捧げられる。彼らは腸を食い破り、全身を食い尽くす」と、ある意味で悪魔契約的なものになるでしょう。)