なぜ大きなものは波になれないのか?

私たちの目には、野球ボールや砂粒といった日常的な物体が同時に二つの姿を取ることはありません。
例えばボールを投げれば、常に一つの軌道を描いて飛んでいき、「そこにある」ことが当たり前です。
しかし量子力学の世界では、電子や原子のような微粒子は波と粒の二重人格を持ち、観測するまで複数の経路を同時に進むことが理論的にも実験的にも確認されています。
もしそうなら、「もっと大きな物体でも同じことが起きるのでは?」と考えた人もいるでしょう。1935年、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーは、この量子の不思議を揶揄する有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」を提案しました。
箱の中に入れた猫の生死が観測するまで重ね合わさって決まらない――そんな風に身近なマクロな存在へ量子論を適用すると途端に奇妙に感じられることを示したのです。
このパラドックスは「本当にそんなことが起こり得るのか?」と私たちに強烈な疑問を投げかけました。
科学者たちはこの謎を解き明かすために、少しずつ「量子の世界」と「私たちの日常の世界」をつなぐ橋を広げようとしてきました。
初期の量子の実験では、電子のような非常に小さい粒子を使って、二つの穴を通したときにできる干渉縞(波と波が重なってできる模様)を観察しました。
その後、徐々に技術が進歩し、原子や大きな分子のような、より大きな対象でも干渉縞が確認されるようになりました。
たとえば、原子一個を使って「半メートル」ほどの距離で波のような状態に広げたり、巨大な分子が波のように振る舞って干渉を起こす実験も実際に成功しています。
最近では、16マイクログラム(1マイクログラムは100万分の1グラム)という、目には見えないけれど原子よりはるかに大きい機械の一部を使って、「シュレーディンガーの猫」と同じような状態を作り出すことに成功しました。
ただ、このときに重ね合わさった距離は約10のマイナス18乗メートル(原子核よりずっと小さい距離)という非常に短いものでした。
これだと、「同時に二つの場所にある」ということを想像するのはやはり難しくなります。
つまり、私たちが直感的に納得できるほどはっきりと量子の「二重人格」を確認するためには、
「もっと大きな物体で、さらに波としての広がり(遠く離れた場所に同時に存在する)が必要だ」ということになります。
では、その壁を打ち破るにはどうすればよいのでしょうか?ポイントの一つは「粒子を可能な限り遅く飛ばすこと」です。
物体の速さを遅くすると、物質波(ド・ブロイ波長)が長くなり、波として干渉しやすくなります。
しかし、物体が重く大きくなるほど物質波は極端に短くなり、通常のやり方では干渉縞を観察することが困難になります。
もう一つの課題は「環境からの影響を徹底的に減らすこと」です。
大きな粒子ほど空気分子や熱放射との衝突で簡単に量子状態が壊れてしまうため真空や低温など完璧に近い隔離環境が必要です。
このようにハードルは非常に高いのですが、「もし数千個の原子からなるナノ粒子でも量子的な干渉が起きると証明できたら?」という問いかけは、量子力学の根本に迫る挑戦です。
そこで今回研究者たちは「原子7000個から成る金属粒子にも量子の猫は宿るのか?」を検証することにしました。
本当にそんな巨大粒子全体が、自ら波となって明確な干渉縞を描くことなどできるのでしょうか?