「猫状態の光」で電子集団をまるごと「猫」にできる
「猫状態の光」で電子集団をまるごと「猫」にできる / Credit:川勝康弘
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「猫状態の光」で電子集団をまるごと「猫」にできる

2025.09.17 17:30:26 Wednesday

東京大学の物理学者によって「猫状態の光」で電子を“猫”にする理論研究が発表されました。

この研究では特殊な「シュレディンガーの猫状態」の量子的性質を持つ光を当てて観測することで、多数の電子をまるごと量子重ね合わせ状態(シュレディンガーの猫状態)に誘導できる可能性が示されています。

これはある意味で「量子の猫を光から物質へ渡すこと」とも言えるでしょう。

これまでは猫状態の光を照射するだけでは電子を猫状態に保つことは難しいと考えられていましたが、「測定」という操作が量子性を復活させ、電子の集団全体を協調させるスイッチになることが理論的に明らかになったのです。

しかし測定は本来、量子的状態を壊してしまうはずです。

なのになぜ観測することで、光は電子を猫状態にできたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年8月15日に『arXiv』にて発表されました。

Inducing macroscopic cat states of nonequilibrium electrons via cat-state light irradiation and projective measurements https://doi.org/10.48550/arXiv.2508.11769

量子の猫はこうして物質へ飛び移る

量子の猫はこうして物質へ飛び移る
量子の猫はこうして物質へ飛び移る / Credit:川勝康弘

量子の世界では、「同時に複数の状態を取る」という不思議な性質が存在しますが、この奇妙な性質を持つ代表的な例が「シュレディンガーの状態」と呼ばれるものです。

これは簡単に言えば、「生きている状態と死んでいる状態が同時に重なって存在する猫」のように、日常の常識とはかけ離れた状態です。

本研究は、この「猫状態」をまず光の中に作り出し、さらにその奇妙な状態を物質(電子の集団)へと移そうという、とてもユニークで挑戦的なテーマを持っています。

ここで重要になるのが、光そのものをどうやって量子状態にするか、という部分です。

量子の世界では、光をレーザーなどでとても特殊な形に調整することで、「右向きと左向き、二つの振動状態が同時に存在している」という不思議な光(量子状態の光)を作ることができます。

このような光を、科学者たちは比喩的に「猫状態の光」と呼びます。

この光を使えば、それを電子などの物質に当てることで、物質にも光と同じような不思議な状態を作り出せるのではないか――そんな夢のようなアイデアが近年注目を集めています。

ところが現実は、なかなか簡単には進みません。

これまでの研究や理論計算によると、猫状態の光を使ったとしても、その光がとても強く(振幅が大きく)なった場合には、電子の集団は量子的な重ね合わせ状態にはならず、結局は「右向きか左向きか、どちらか一方だけの状態」に落ち着いてしまうことが知られていました。

これは、量子の世界で「重ね合わせの状態」が非常に壊れやすく、電子が多数集まるような大規模な系になるほど、光が運んだせっかくの「量子のゆらぎ」(位相と呼ばれる微妙な情報)が、平均化されて簡単に消えてしまうからです。

つまり、せっかく量子状態を物質に渡そうとしても、その物質が持つ規模が大きいほど、量子の繊細さが失われてしまい、普通の状態に戻ってしまうわけです。

実際、大規模な(振幅が大きな)猫状態の光を物質に当てると、電子の集団は全体として「古典的な混合状態」という普通の状態に見えてしまうことが理論的にも示されていました。

言い換えるならば、「量子の猫を光から物質へ渡すこと」は、現実的には非常に難しいことだったのです。

では、このような難題にどうやって対処すれば良いのでしょうか?

そこで今回、研究を行った科学者は、とてもユニークな作戦を思いつきました。

それは「光の状態を途中で測定してしまう」という逆転の発想です。

通常、量子の世界では「観測や測定」はとても厄介なもので、量子状態を壊してしまう原因だと考えられています。

しかし研究者は、逆にこれを利用する方法を見つけました。

具体的には、電子に猫状態の光を当てたあと、光が電子と作用した後の状態を測定します。

ここで行われる測定とは、光に含まれる光子の数が偶数なのか奇数なのかを見分ける「光子数パリティ測定」と呼ばれる方法や、あるいは光の波の高さや向き(振幅・位相)をとても細かく測る「ホモダイン測定」という方法です。

これらの測定を行うと、光が本来持っていた「量子的な揺らぎ」が特定の状態に絞り込まれ、その結果、電子集団の方も同時に二つの極端な状態が重なり合った「猫状態」に移ることが明らかになりました。

補足コラム:なぜ光の測定で電子たちが量子状態になるのか?

光を「測る」ことで電子たちが一斉に量子的な状態になるという現象は、一見すると不思議な話に感じられます。実は、この背後には「量子もつれ(エンタングルメント)」という特殊な仕組みが関わっています。電子集団に猫状態の光を当てた直後の状態を想像してみましょう。この段階では電子と光が互いに深く絡み合い(量子もつれ)、一方の状態を調べることで、もう一方の状態が即座に決まるという関係性が生まれています。まるで、一つの封筒を開けた瞬間に、もう一つの離れた封筒の中身が分かってしまうようなものです。ここで重要になるのが光の測定です。特殊な方法で光の状態を測ると、光が持つ多数の可能性の中から特定の状態が選び出され、決定されます。すると、この測定結果によって光と深くもつれていた電子たちも瞬間的に特定の量子状態に移ることになるのです(ポストセレクションの一種です)。具体的には、光が二通りの相反する状態(例えば波の高さが正反対)を同時に持つ「猫状態」だった場合、測定でそのどちらか一方の特性が明らかになると、電子集団の方もそれに対応して、同時に二通りの状態を取る特別な量子状態へと「絞り込まれる」のです。言い換えると、「測定」という行為が光と電子の曖昧な結びつきを一気にクリアにし、電子を量子的に整列させる役割を果たします。つまり、「光を測る」ことが量子的な状態を壊すのではなく、逆に電子たちを「集団で猫状態」に誘導するためのカギとなっているのです。このように、量子の世界では「測る」ことが新しい量子状態を生み出す不思議な現象が起きるのです。

今回の理論研究では、この「測定によって電子が猫状態になる仕組み」が、8個から32個の電子という比較的多くの粒子数でもうまく機能することが確かめられています。

さらに、理論上は電子の数をどんどん増やしほぼ無限(熱力学的極限)になっても、この方法で一瞬だけ量子重ね合わせ状態を作ることが可能だと示されています。

この発見は、現時点では理論とコンピューターによるシミュレーションに基づくものですが、大規模な電子系において、量子の不思議な性質を引き出せる可能性を示した画期的な成果です。

実際、電子の状態を詳しく調べると、測定を行わなかった場合にはほとんど見られなかった「量子もつれ」(エンタングルメント)が、測定によってある瞬間に急激に強まり、多数の電子が一斉に一つの量子状態としてまとまることが確認されています。

このとき、電子の集団の空間的な分布には非常にはっきりした「縞模様」が現れ、この模様が量子的な重ね合わせが生じている強力な証拠となっているのです。

つまり、今回の研究によって「猫状態の光とその測定を使えば、電子集団をまるごと猫状態にできる」という驚くべきアイデアが、理論とシミュレーションによって初めて明確に示されたというわけです。

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