「AIで作りました」の一文で、評価が2段階も落ちていた

AIで作った動画には、人物の指が余計に生えていたり、犬の走り方がどこかぬるりとしていたりする瞬間があります。
「これはAIだな」と気づいた途端、それまで見ていた気持ちがすっと冷めます。
では、粗を見つけるより先に「AIで作りました」と告げられたら、どうなるのでしょうか。
研究チームがこの問いの背景として挙げたのが、コカ・コーラをめぐる正反対の反応です。
同社がクリスマスCMをAIで作り直した版は、「魂がない」「本物らしくない」と広く批判されました。
ところが、ファン自身がAIで自分だけの作品を作れるようにした同社の企画は、好意的に受け止められました。
同じ会社が、同じAIという道具を使ったのに、反応はまるで逆になったわけです。
人々は単純にAIを拒否しているだけなのか、それとも許容する場合があるのか、だとしたら、どんな場合なのでしょうか?
その謎を確かめるべく研究者たちはまず「AIで作った」と知らせること自体の影響を調べました。
最初の実験で研究チームは、架空の団体が犬の里親募集を呼びかける短い動画広告をAIで作り、2つの版を用意しました。
これをアメリカ在住の176人に、無作為に半数ずつ見せています。
どちらの版も、映っている犬も流れる音楽も、まったく同じものです。
違いは、片方の冒頭にだけ「この動画は人工知能を使って作られました」という一文が表示される点でした。
広告への好感度は7点満点で、4点が「良い」と「悪い」のちょうど境目にあたります。
結果、広告への好感度は、表示なしの人たちで平均5.60、表示ありの人たちで3.63でした。
犬の映像そのものは何ひとつ変えていないのに、一文の表示だけで、良い側から悪い側へ2点近く滑り落ちたことになります。
さらに表示を見た人は、同じ映像を「不気味だ」と感じやすくなっていました。
そして不気味だと感じた人ほど、広告を見ても心はあまり動かされておらず、心が動かなかった人ほど、広告の評価も低かったという連鎖もみえてきました。
この時点では「AIで作った」という一言は、広告の評価を引き下げる呪文のように見えます。
しかしそれが全てなのでしょうか?





























