「性欲がほとんどない」のに、月に2〜3回は性的活動をしていた
今回の研究を理解するうえで重要なのは、「性欲」と「実際にセックスをすること」を分けて考えることです。
性欲低下障害(HSDD)は、性的なことを考えたり、セックスをしたいと感じたりする欲求が持続的に低下し、それによって本人が苦痛を感じている状態です。
そのため直感的には、HSDDの女性は性的活動の回数もかなり少ないように思えます。
ところが、HSDD治療薬の臨床試験には以前から、それとは少し矛盾するデータが含まれていました。
参加者は「性的欲求が低い」と診断されているにもかかわらず、薬による治療を始める前から月に何度か性的活動をしていたのです。
そこで研究者らは今回、テストステロン、フリバンセリン、ブレメラノチドというHSDD治療を調べた複数の臨床試験を集め、治療前のデータを改めて分析しました。
調べたのは、参加者が28日間に経験した「満足のいく性的出来事(SSE)」の回数です。
SSEとは性交だけに限らず、本人が満足できたと判断した性的活動を指します。
すると、テストステロンを調べた4つの臨床試験では、閉経後の女性2204人が治療前から28日あたり平均2.5〜2.9回のSSEを経験していました。
米国でフリバンセリンを調べた4試験でも、3413人の女性で平均2.0〜3.0回でした。
すると、性的欲求の低下に悩むHSDDの女性でも、治療前から月に2~3回ほど「満足のいく性的出来事(SSE)」を経験していました。
ここで研究者らが問題にしているのは、単純に「低性欲の女性も意外と性的活動をしていた」ということではありません。
重要なのは、本人の「セックスをしたい」という欲求が弱くても、「セックスをする」という行動は起こり得るという点です。
つまり私たちが普段ひとまとめにしがちな「性欲」と「セックスの回数」は、実際には別のものを表している可能性があるのです。
性欲がなくても「相手のためにする」ことがある
では、なぜ性的欲求が低い女性が、実際には月に何度か性的活動をしているのでしょうか。
研究者らが「mercy sex(マーシー・セックス:相手のために応じるセックス)」と呼んでいるのは、自分自身の性的な興奮を求めることよりも、パートナーとの関係など別の理由から、合意のうえで性的活動に応じることです。
たとえば論文では、パートナーとの親密さを保つこと、関係の対立や距離を避けること、相手の性的欲求に応じること、夫婦間の性的な義務に関する社会的・宗教的な価値観などが、その背景として考察されています。
つまり、「自分がセックスをしたい」という欲求そのものは弱くても、「パートナーとの関係を大切にしたい」という別の動機から性的活動を選ぶことがあり得るということです。
また研究者らは、女性の性的反応について、必ずしも最初に強い性欲が生じ、その後に性的活動が始まるとは限らないという既存のモデルにも触れています。
最初は強い性的欲求がなくても、親密さなどを求めて性的活動を始め、その過程で興奮や満足が生じる場合もあるという考え方です。
この点は、「性欲が低いのにセックスをした」という事実を、そのまま「嫌なのに我慢していた」と解釈できない理由でもあります。
実際、今回分析されたのは、本人が「満足のいく性的出来事」として記録したSSEです。
研究者が参加者一人ひとりに「本当はしたくなかったのか」「パートナーのためだけに応じたのか」と質問して、その回数を数えたわけではありません。
したがって、今回の結果を「性欲の低い女性は月2.5回、嫌々パートナーの相手をしている」と言い換えることはできません。
月約2.5回という数字は、あくまでHSDDの女性に治療前から存在していた性的活動を、研究者らが「mercy sex」という観点から捉え直したものです。
そして、この区別こそが今回の研究で重要になります。
なぜならHSDD治療薬の臨床試験では、これまで「満足のいく性的出来事(SSE)が何回増えたか」が、治療効果を測る指標の1つとして使われてきたからです。
しかし、性的欲求が低い状態でも、パートナーとの関係維持や親密さなど、性欲とは別の理由からSSEが生じる可能性があるのであれば、SSEの回数は治療効果の判断には使えません。
つまり、「性的活動に満足できたか」は「性欲」と、必ずしも結びつかないのです。
研究者らはそのため、今後のHSDD研究では、性的活動の回数だけでなく、本人の欲求や、その活動を選んだ理由まで区別して評価する必要があると指摘しています。
今回の研究が投げかけているのは、セックスとは性欲だけで行われる活動ではないということ、そしてその満足度は、性欲以外の要因で感じる場合が多いということです。
男性でも性欲が満たされさえすれば、常に満足だと思う人は少ないでしょう。
性的なものだからといって、常に性欲と結びつけて語るのは間違いなのかもしれません。性的なことに人が求めているのはもっと別のものなのかも知れません。




















