AIが高度になれば、この問題は消えるのか?

ここまでの落ち込みは、AIの出来が悪いから起きたことなのでしょうか。
そうだとすれば、AIがもっと上手くなるほど、不気味さは薄れていくはずです。
今回の4本のうち、歪みの少なかったほうの動画が、その手がかりになります。
これを作ったのは、2026年4月の時点で最も写実的な部類に入るとされる生成AIです。
実際、できあがった映像はもとの実写と見分けるのが難しいほどだったと論文は書いています。
では、その見分けのつかない映像を、視聴者はどう感じたのでしょうか。
研究チームは4本すべてについて、「AI製」と伝えた上で、不気味さを7点満点でたずねています。
好感度とは向きが逆で、点が高いほど気味が悪いという意味です。
また7点満点の真ん中は4点、つまり「どちらでもない」の線となっています。
結果は、平均4.27でした。
見分けがつかないほど自然な映像なのに、平均はその線を越えて、気味が悪い側に入っていました。
越え方はわずかですが、偶然のばらつきでは説明しにくいと研究チームは報告しています。
では、この不気味さはどこから来たのでしょうか。
論文が疑っているのは、やはり「AI製」の知らせそのものです。
AIが作ったと先に知らされると、人は「どこかおかしいはずだ」という構えで映像を見始めます。
そして自覚のあるなしにかかわらず粗を探すので、ふだんなら見過ごす小さなずれにも目が留まります。
同じ映像でも、AI製だと知らされたほうが不自然に見えてくるわけです。
粗を見つけていなくても評価が変わることは、先行研究でも示されています。
まったく同じ美術作品を見せて、片方には「AIが作った」、もう片方には「人が作った」とだけ説明した実験があります。
AIが作ったと言われたほうが、創造性でも、心を動かされる度合いでも、質でも、低く評価されました。
創造性や芸術性は人間だけのものだ、という感覚が私たちにはあると論文は言います。
そこにAIが並んだり追い越したりすると、人間の特別さが脅かされたように感じて、評価が辛くなるのです。
この結果は、AIが上手くなっても「AI製」という知らせが視聴者の印象にネガティブな要素を与えていることを示しています。
チェ助教も、広告を作る人々に対して「最近は多くのマーケターが『AIを使ってみようか』と言い始めていますが、私はそれはお勧めしません」「まずキャンペーンのアイデアから始めて、『AIは本当に必要か』と問うべきです。答えがイエスなら、その理由がはっきりしていなければなりません」と述べています。
もっとも、今回の研究があらゆる生成AIに当てはまる共通現象とまでは言い切れないでしょう。
この研究が見たのは、動物に関する動画広告をみた時の結果であり、日用品の便利さを売りにするような、感情に訴えない広告でも同じことが起きるのかは、まだ分かっていません。
また静止画の広告については、今回の調査範囲外にあり確かめられていません。
それでも今回の研究は広告の作り手にとって重要な情報になるでしょう。





























