シナプスでは筋肉に匹敵する「力で情報伝達」がされていたと判明!
私たちの意識や記憶は、複数のニューロンと、その接合部分であるシナプスによる神経回路によって形成されています。
私たちが何かについて考えたり記憶したりするときには、ニューロンで電気が流れ、シナプスでは化学物質(神経伝達物質)が放出され、神経回路を駆動させます。
そのため「電気」と「化学」が私たちの意識の本質であると考えられていました。
一方で、ニューロンに対する「力学」の影響を調べられることはほとんどありませんでした。
私たちの脳は高度な電気化学回路であり、歯車やピストンのような力学的な仕組みで意識や記憶が形成されるとは考えられていなかったからです。
しかし東京大学の研究者たちは違いました。
ニューロン同士が新たな結合「シナプス」を形成するときには細胞の変形がともなうため、力学的な力も何らかの影響を与えてもおかしくないと考えたのです。
さっそく研究者たちは、ラットの海馬から得られたニューロンの、細長い腕の末端部分(ブートン)を極細のガラスチューブで押してみました。
すると神経伝達物質のグルタミン酸の放出がはじまることが確認されました。
また面白いことに、押し込みが適切な場合、神経伝達物質(グルタミン酸)の放出はガラスチューブでの刺激後、最大で20分間持続しました。
一方、押し込みが過剰であった場合、神経伝達物質(グルタミン酸)の放出は部分的に抑制されました(※つまり細胞が壊れてグルタミン酸が出てきたわけではない)。
この結果は、純粋な力学的刺激が、神経伝達物質の放出につながることを示します。
ただこの段階では、同じ力学的な反応が本物のシナプスで起きているかを実証できていません。
そこで研究者たちはスライスされた海馬を調査し、シナプスに「なりかけ」の部分を探し、その後部(スパイン)を刺激して拡大させてみました。
すると拡大したスパインは上の図のように、ニューロンの末端部分に接触・圧迫し、力学的な力を与えていることが確認されました。
またガラスチューブと同じように、スパインの圧迫はニューロン末端からはグルタミン酸の放出をうながしていることも判明します。
またスパインの拡大圧力を測定したところ1平方センチメートルあたり500グラムという筋肉に匹敵する極めて強い力であることが判明します。
この結果は、スパイン(下側)が拡大してニューロン末端のブートン(上側)に力学的な刺激を与えたことで、神経伝達がはじまったことを示しています。
しかしより興味深い結果は、スパイン(下側)を繰り返し刺激し、ブートン(上側)への圧迫を繰り返したときにみられました。
持続的な力学的な刺激(下から)とグルタミン酸の放出(上から)は、スパインの神経伝達物質(グルタミン酸)に対する反応を長期的に敏感にしていたのです。
スパインにおける神経伝達物質(グルタミン酸)の感受性の増大は、長期記憶が形成されるときに起こる現象です。
研究者たちは力学的変化が細胞の性質変化に及んだこのときこそが、長期記憶が成立した瞬間だと結論しました。
もし同じような現象が人間の脳でも起きているのならば、私たちの意識や記憶も細胞の力学的機構によって生じている可能性があります。
そして研究者たちによれば、脳細胞の力学的な差は個性の根源である可能性がある、とのこと。