ボイドの呼び声は「自殺願望」とは無関係
ボイドの呼び声には、高所から飛び降りたいという衝動の他に、「運転中に対向車にぶつかったらどうなるだろう」といったものも含まれます。
いわば、突発的な死への衝動であり、皆さんにも一度くらい経験があるかもしれません。
あまりに多くの人が体験しているため、フランスでは「ラペル・デュ・ヴィッド(l’appel du vide)」という”ボイドの呼び声(call of the void)”を表す言葉が作られたほどです。
2人に1人は経験していると報告がある反面、長年の間、広く研究されたことはありませんでした。
しかし、10年ほど前にアメリカの研究チームにより、最初の重要な研究がなされます(Journal of Affective Disorders, 2012)。
原因は、脳が発する「安全信号の誤認」?
この研究では、431人の大学生を対象に、自殺願望の有無を調べた上で、ボイドの呼び声を経験したことがあるかを調査しました。
その結果、普段から自殺念慮を抱いている学生の75%が、ビルや橋からの飛び降り衝動を抱いたことがあると報告しましたが、その一方で、自殺願望のない学生でも、半数以上がボイドの呼び声を日常的に経験していたのです。
ここから、ボイドの呼び声と自殺願望の間には、独占的な関連性がないことが示されています。
つまり、高所から飛び降りるイメージを抱くことと、それを実行に移そうとする気持ちは別ものなのです。
ノートルダム大学(University of Notre Dame・米)の臨床心理学者で、研究主任のジェニファー・ヘイムズ(Jennifer Hames)氏は、こう説明しています。
「ボイドの呼び声は安全信号の誤認であり、経験者は危険から遠ざかるよう促す脳のサインを誤読している可能性があります。
言い換えれば、それは破滅への願望ではなく、むしろ生きている実感をより高めようとしている人の潜在意識に由来するのかもしれません」
たとえば、ある人が崖の上に立ったとき、脳は「落ちたら危ない、下がれ」と信号を出します。
しかし、ボイドの呼び声では、「落ちたらどうなる、やってみようか?」となるわけです。
また、ルール大学ボーフム(RUB・独)の研究では(BMC Psychiatry, 2020)、ボイドの呼び声が、身体のシグナルに敏感に反応しやすい人から多く報告されていることが示されました。
たとえば、震えや軽いめまい、筋肉の軽度のけいれんを経験する人は、ボイドの呼び声が生じやすかったのです。
研究主任のトビアス・タイスマン(Tobias Teismann)氏は「ボイドの呼び声は、自殺願望や不安症に関係なく、多くの人が普段から経験しています。
それは正常な心の働きであり、精神病理の兆候ではありません」
要するに、ボイドの呼び声は、生を強く実感したい気持ちの裏返しと理解することができます。
もしかしたら、バンジージャンプやスカイダイビングは、この声から生まれたレジャーなのかもしれません。