CERNが新たな3つのエキゾチックな粒子を発見!
大型ハドロン衝突加速器(LHC)という施設については、名前は聞いたことがあっても、これがなんなのか知らないという人も多いでしょう。
LHCは27kmにもおよぶ非常に巨大なリング型の施設で、電磁石を用いて陽子を加速させます。
その目的は、高エネルギーで陽子同士を衝突させ、バラバラに粉砕し、そこから弾けとぶ粒子を観測することです。
これによって陽子のような物質(ハドロン)を構成する、更に小さな粒子(素粒子)を検出することができるのです。
こう言われると、まだ何をやっているのか釈然としないものがありますが、簡単に言ってしまえばLHCというのは顕微鏡です。
プレパラートに乗せた池の水に光を当ててそこに含まれる微生物の姿をレンズで検出し観測するのが通常の顕微鏡なら、LHCは陽子に陽子をぶつけてそこに含まれる素粒子をATLAS、CMSという検出器で観測する顕微鏡なのです。
素粒子物理学という見えない世界の物理学が始まってから、物理の世界では、理論によって世界がどうなっているか予測する理論物理学者と、理論通りのことが現実に起きているかを実験して確かめる実験物理学者に分かれてきました。
物理学は現実のさまざまな現象を明らかにするための学問なので、いくらもっともらしい理論が存在しようとも、実験を通して実際それが現実に存在することを目で確認するまでは受け入れません。
そのため、LHCは理論的に予想されている未知の素粒子の存在を、実験して確かめるための施設なのです。
こうして見つかる特殊な粒子は、「エキゾチックな粒子」と表現されます。
エキゾチックというのは「通常では見られない特殊な性質」を指す際に物理学者が使う用語です。けして異国情緒あふれるという意味ではないので注意しましょう。
ただ、新しい素粒子というものは、陽子の衝突を1回や2回繰り返した程度は見つけられません。
素粒子の多くは非常に相互作用が小さいため、ほとんどの場合、観測できないのです。
そのため、LHCのような施設はこの陽子衝突実験を1000兆回以上も繰り返します。
そうするとそのうちの数百回程度、未知の粒子が検出されることがあるのです。
なので、新しい粒子の発見では、統計学的にどの程度の確かさで、その粒子を検出できたかという報告の仕方をします。
これには「確か」や「標準偏差(σ)」という値を使います。
物理学者にとって、新しい未知の粒子を「発見」したと呼べる報告は、「99.9999%の確かさ(5σ)」以上のときで、「99.7%の確かさ(3σ)」のときは「兆候がある」という表現に抑えられます。
それ以下のときは、「兆候」という言葉を使うことさえ物理学者はためらいます。
2012年に「神の粒子」と呼ばれ、物体に質量を与えている「ヒッグス粒子」が発見されましたが、これに関するの最初の報告が行われた際には、「兆候が見つかったかもしれない」という発表の仕方がされました。
このときのヒッグス粒子の検出は、「98.9%の確かさ(2.3σ)」でした。
このように、LHCという大規模な設備を使っても、新しい粒子を発見するのは極めて難しい作業です。
粒子発見の精度を上げるには、衝突エネルギーをより大きくし、衝突実験の試行回数を増やす必要があります。
CERNはヒッグス粒子の発見以降、同レベルの大きな発見はなく、比較的静かな時期が続いていたため、この状況を打開すべく、LHCの性能向上を実行することにしました。
そして、3年以上に及ぶ工事の末に衝突エネルギーを既存の8兆電子ボルトから13.6兆電子ボルトまで増強するアップグレードを行い、2022年7月5日に再稼働させたのです。
このアップデートによって、ヒッグス粒子の実験では12インバース・フェムトバーン(衝突数の尺度で、1インバース・フェムトバーンは約100兆回の衝突)だったものが、新たに実施された実験では、280インバース・フェムトバーンまで大幅に増加されました。
こうした新しいLHCの実験で、CERNは新たに3つのエキゾチックな粒子(ハドロン)を発見したと報告したのです。
それは新しい種類の「ペンタクォーク(5つのクォークを持つ粒子)」と、史上初の「テトラクォーク(4つのクォークを持つ粒子)」のペアだといいます。
クォークというのは素粒子の一種で、アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムの6つのフレーバー(種類)があります。
通常の原子核を構成するような物質(ハドロン)は、2つまたは3つのクォーク(素粒子)で構成されています。
しかし、60年前に、非常に稀ではあるが4つあるいは5つのクォークで構成されるハドロンもあるはずだと理論物理学者によって予想されました。
そして、その予測を証明するハドロンは20年前に始めて実験で発見されましたが、今回それに続く新しいテトラクォーク、ペンタクォークが見つかったのです。
しかも、その発見の標準偏差はペンタクォークが15σ、ペアのテトラクォークはそれぞれ6.5σと8σという非常に高い統計的有意性を持っていたのです。
さきほど、発見における精度について解説したので、これがいかに高い数値であるかということは理解できると思います。
この粒子の正確な性質については、まだよくわかっていませんが、これは紛れもなく宇宙を構成する物質の1つであり、エキゾチックなハドロンの統一モデルを作るために役立つとのこと。
研究者たちは新たな衝突実験によって、現在の物理学の基礎となる「標準模型」の理論を突破するような、新たな粒子の発見が今後も期待できると考えています。
物理学の基礎となる標準模型は素晴らしい理論ですが、近年では標準模型に反するような発見が行われるようになってきたため、更新が必要になってきたからです。
そのための証拠を集めるために、新たなLHCは活躍しそうです。
さて、こうした大きな成果を上げるCERNですが、彼らの仕事は非常に難解であり、しかも素粒子物理学にはSF的な妄想を掻き立てる要因が非常に多いため、陰謀論者たちのターゲットになりがちです。
実際、日本でもCERNの名前をシュタインズゲートのような作品で覚えたなんて人も多いでしょう。
以降は、CERNに降りかかる奇妙な陰謀論について解説していきます。