飛行を安定させていたのは「ヒゲ」だった?
パラスシタナガコウモリは、ハチドリとともに哺乳類の中で最も代謝の速い動物として知られます。
1日で体内に貯蔵している脂肪のなんと50%を消費しているという。
エネルギー源は主に花の蜜から摂取する糖分ですが、昆虫に比べて体が重く大きいため、花に直接止まることはできません。
そこでハチドリと同じく、空中でホバリングをしながら花の蜜を吸うのです。
面白いのはその摂食方法で、一般にハチドリは細長いクチバシを、スズメガはストローのような口吻(こうふん)を花の管に差し込んで蜜を吸います。
しかしパラスシタナガコウモリは、その名の通り、ヘビのような長い舌を伸ばして蜜を吸っているのです。
普段からこの長さを維持しているのではなく、花の蜜を吸うときにだけ、血液を舌先に送り込んで伸ばしています。
さて研究チームは今回、パナマにあるスミソニアン熱帯研究所(STRI)にて、野生のパラスシタナガコウモリを捕獲し、ホバリングしながら蜜を吸う様子を高速度カメラで撮影しました。
実際の花を使うと、接触によって動いたり、蜜を吸うときの口先がよく見えないため、代わりに密で満たした透明のグラスを使用。
コウモリがグラスに近づいて蜜を吸う時間は平均0.5〜1秒程度でした。
その間、器用なホバリング飛行によって体勢を安定させています。
コウモリのほとんどはホバリングができないため、これは驚くべき行動です。
ではなぜこのコウモリだけ、ハチドリのようなホバリングが可能なのでしょうか?
研究チームは、飛行の安定化に「ヒゲ」が関与していると予想しました。
というのも、パラスシタナガコウモリは鼻口部から前方に向かって生える長くて硬いヒゲが大きな特徴の一つだからです。
他のコウモリの大半はヒゲの長さが短い上に、特定のパターンや方向に従って生えていません。
そこでチームは、人為的にヒゲ(主に鼻口の下部分)を切り取って同じ実験を繰り返してみました。
(ヒゲは数日すれば再び生えてきます)
その結果、ヒゲを切り取られたコウモリは、飛行中の機敏さや接触中の安定性および正確性が低下することが判明したのです。
ヒゲのある正常な個体に比べて、体勢のバランスが少し悪くなっているようでした。
このことから研究主任のエラン・アミチャイ(Eran Amichai)氏は「本種のヒゲは、ホバリングを最適化するために脳が情報収集をする重要な感覚器官と考えられる」と指摘しました。
一方で、ヒゲを切り取ったからといって、摂食能力が大幅に落ちるわけではなかったそうです。
アミチャイ氏は「体操に例えると、9.8点から8.5点に落ちたくらいでした」と話します。
ヒゲを切られたコウモリは、ヒゲが生え戻るまで数日間飼育されてから、野生のジャングルに戻されました。
こちらが高速度カメラで撮影した1分ほどの映像です。
また今回の研究は、ホバリング飛行を行うコウモリが多彩な感覚情報を組み合わせて世界を知覚していることを示しています。
アミチャイ氏いわく「彼らの世界は、視覚や匂い、エコロケーション(反響定位)、空間記憶、季節に関する知識や経験に加えて、ヒゲがもたらす物理的な平衡感覚が組み合わさったもの」です。
「私たち人間は奇妙な動物で、世界を認識するのに、感覚情報のほとんどを視覚とわずかな聴覚に頼っています。
そのせいで、他の動物の知覚する世界を人間の感覚(視覚と聴覚メイン)で解釈してしまい、完全に見誤ることが多々あるのです」
彼らが受け取っている感覚情報を深く理解し、周囲の環境へのニーズを正しく知ることができれば、より効果的な保護戦略にもつなげられるでしょう。
チームは今後、実際の花や捕食者との相互作用など、より自然に近い環境下での調査を続けていくとのことです。