またたきは「お前、こっち来るな!」の合図?
ホタルの成虫は、発光を通してオスとメスがコミュニケーションを取ることで知られます。
発光の仕方の違いによって、お互いが同種であるか、あるいは異性であるかを識別しているのです。
他方で、7〜8月頃に水田や湿原に現れるヘイケボタルは、オスもメスも「またたき」を伴う点滅発光をします。
研究チームは、この謎めいた「またたき」の意味を解明すべく、愛知県知多郡東浦町の水田地域で野生のヘイケボタルをビデオ撮影し、その動画を分析することに。
その結果、草に止まっているヘイケボタルには「オス」「交尾済みのメス」「未交尾のメス」の3タイプがおり、それぞれが異なる発光パターンを示すことが特定されました。
観察によると、草の上のオスはミリ秒レベルの速いまたたきを伴う点滅を繰り返しながら、「未交尾のメス」に近づいていきます。
このとき、未交尾のメスの点滅にはまたたきがなく、1回の発光時間も非常に短いものとなっていました。
一方で、草に止まっている「交尾済みのメス」の点滅には、オスと同じようなまたたきがあり、1回の発光時間もやや長くなっています。
つまり、オスは「またたきがなく、1回の発光時間も短い光」を目印にして、まだ交尾をしていないメスを探していると予想できるのです。
そこでチームは、ヘイケボタルと同じ黄緑色に光る小型LEDランプを使い、プログラミングによって1回の発光時間とまたたきの強弱を変えられる人工の発光装置「電子ボタル(e-firefly)」を作成。
これを野外に設置し、他のヘイケボタルがどんな反応を示すかを実験しました。
すると、ヘイケボタルのオスは「またたきが小さく、発光時間が短い光」により強く誘引されて近寄ってくることが実証されたのです。
この結果は、オスが「未交尾のメスに特有の発光を識別してパートナー探しをする」という先の仮説を支持しています。
それでは、オス自身はなぜ「またたき」を伴う発光をする必要があるのでしょう?
調査では、未交尾のメスがオスのまたたきに応答している様子は観察されなかったため、メスに対する求愛の効果もなさそうです。
ところが調査を進める中で、またたき現象は、空を飛んでいるオスには見られず、草に止まっているオスにのみ見られることが分かっています。
この点から研究者は、草に止まっているオスが空を飛んでいるオスに対して「メスを見つけたからお前はこっちに来るな!」という牽制アピールをしている可能性があると指摘しました。
ではもう一つ、なぜ交尾済みのメスまでが、オスと同じように「またたき」を伴う発光をしているのでしょうか?
これについて研究者は、交尾後のメスは次に「産卵」という重要な役割があり、その大事な仕事をオスの求愛で邪魔されては困るから、オスと同じまたたきをしている可能性が高いと述べています。
つまり、交尾済みのメスも「こっちに来るな」というメッセージを発していると思われるのです。
ホタルのコミュニケーションは従来、発光の長さや応答遅れの時間といったシンプルで分かりやすい時間的要素を主なメッセージでとして使用していると考えられてきました。
しかし本研究の成果から、ヘイケボタルは「またたき」というミリ秒レベルの微妙な振幅まで情報交換に使っていたことが初めて示されています。
少なくとも「メスは発光で自分の居場所をオスに知らせているだけ」という単純な見方だけでは、ホタルの発光を理解したことにはならないようです。
研究チームは、こうしたホタルの発光システムの理解が進めば、農薬散布や水田周辺の環境変化によって全国的に減少しつつあるヘイケボタルの保全活動においても重要なヒントが得られると期待しています。