臨死体験は脳の意識を司る部分の活性化が起こしていた
死に向かう患者たちの脳で何が起きるのか?
準備が整うと研究チームは患者たちの生命維持装置を停止しました。
すると停止から数秒で、4人のうち2人の脳から、先行研究で指摘されていたのと同じく活発なガンマ波が観測されました。
上のグラフは、生命維持装置を外す前(S1)と外した後(S2以降)の脳波活動を示しています。
グラフからは生命維持装置が外されると(S2以降)数秒後にはガンマ波が発生し、S7付近でピークになっていることが分かります。
またガンマ波の出現パターンを分析したところ、ガンマ波の急増が意識の「ホットゾーン」と呼ばれる脳領域からは始まることが判明しました。
このホットゾーンは脳の両側に存在する領域で、意識・思考・記憶にかかわる脳活動に深く関与しています。
また脳活動の広がりを追跡したところ、右脳と左脳を横断するように広範囲に広がっていることが示されました。
右脳と左脳の横断的なコミュニケーションは記憶を呼び起こすのに重要だと考えられています(①の走馬灯のような臨死体験の原因と推測)。
またこれまでの研究により、ホットゾーンの活性化は記憶を呼び起こしたり、夢を見たりしているときだけでなく、幻覚や幽体離脱などを経験しているときにも観察されることが示されています(③の幽体離脱の事例の原因と推測)。
さらに最近の報告では、このホットゾーンには脳内で感覚情報を処理する領域が含まれていることが分かっており、臨死体験がしばしば非常に鮮やかになる理由になるかもしれません(②思い出が鮮やかに蘇る原因と推測)。
以上の結果から研究者たちは、臨死体験の正体が瀕死の脳で起こるホットゾーンの活性化によるものであると結論しました。
これまで報告されてきた臨死体験の内容が、どれも似たものになるのも、脳内で同じような現象が起きていたからかもしれません。
ボルジギン氏は、脳活動の活発化が起こる理由として「酸素不足」を挙げています。
私たちの体は酸素不足に陥ったときになんとかして打開しようとする「生存モード」が存在すると言われています。
たとえばマウスなどの動物の脳を破壊する実験では、体内の複数の臓器が多数のシグナル分子を放出し始め、自らを蘇生させようとするかのような異常な脳波パターンが生成されるのです。
臨死体験は一般ではスピリチュアルな経験であると考えられがちですが、実際には危機に陥った体が脳を再起動させるための生存努力なのかもしれません。
一方、今回の研究には避けられない弱みも存在します。
患者が全員死亡しているため、他の臨死体験の研究のように体験内容を聞き出すことができないからです。
そのため、患者の体験内容と脳の活性パターンがリンクしていたかを証言にもとづいて判断することはできません。
ですが今後、臨死体験の脳科学的な理解が進んでいけば、心停止後の隠れた脳活動を突き止め、人間の意識のメカニズムを解明する手助けになるでしょう。
また臨死体験の神経メカニズムが完璧に解明され、安全に体験できるような薬や神経制御デバイスが開発できれば、独特の体験を通して人々の意識改革ができるかもしれません。
最後に研究のために命を捧げてくれた4人の患者たちに、深い敬意と感謝を表明し結びとします。