ほんの数個の遺伝子をいじるだけで鱗を羽に変えることに成功!
羽、毛皮、鱗と動物の体表はじつに多様な方法で彩られています。
しかし近年の研究により、羽や毛皮や鱗など一見して全く異なってみえるものが、元は同じ細胞から変化したものであることが解っています。
この元となる細胞では特定の遺伝子セットが活性化しており、後に羽や毛皮や鱗に変化する前に、共通の基礎構造(プラコード)が構築されます。
プラコードを粘土だとするならば、羽や毛皮や鱗は同じ粘土をこねて異なる形に整形した、花瓶や茶わんなどに相当するでしょう。
そのため以前から動物のプラコードの細胞に操作を行って、鱗の代りに羽をはやせるかどうかが、主にニワトリを使って調べられていました。
「ニワトリのどこに鱗があるのか?」と疑問を感じる人も多いでしょう。
確かにニワトリのような鳥類はほとんどが羽で覆われています。
しかしよく見ると、鳥類の足は爬虫類のような鱗で覆われているのです。
上の図はニワトリの足を拡大したものであり、足の各所が鱗状の構造によって覆われていることがわかります。
また鳥類は恐竜の一派(爬虫類)から進化したことが知られており、古くから鳥類の足にみられる鱗が「恐竜だったときの名残りではないか?」とする説が唱えられてきました。
一方最近では、ニワトリの足の鱗は羽が変化したものであると唱える説もあります。
この場合、ニワトリの足の皮膚は「鱗➔羽➔鱗」と変化を繰り返したことになります。
どちらにしても、羽と鱗を持つ鳥類は、皮膚構造の起源を調べたり、羽と鱗を置換する方法を探すのに理想的な動物であると言えるでしょう。
そこで今回ジュネーヴ大学の研究者たちは、新たにニワトリの鱗を羽に変える方法について調べることにしました。
調査にあたって研究者たちが注目したのは「ソニック・ヘッジホッグ」と呼ばれる奇妙な遺伝子と関連するシグナル伝達機構でした。
この遺伝子は最初、機能を失うとショウジョウバエ胚に無数の突起物が生じてハリネズミのようにさせてしまうことから、ゲームキャラのソニックヘッジホッグにあやかって名付けられました。
(※同様にゲームキャラから名付けられた例としては、視覚情報の伝達に必須である「ピカチュリン(ピカチューに由来)」などが知られています)
しかしその後ソニックヘッジホッグは、虫から人間まで広範な多細胞動物に存在しており、動物の体のパターン形成や細胞機能の専門化(分化)になくてはならない重要なシグナル伝達機構(ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達機構)の一員であることが判明します。
(※この伝達機構には主にソニックヘッジホッグの他に受容体タンパク質の遺伝子であるPTCH1やSMO、GLI2など数個の遺伝子が関与していることが知られています)
もしこのソニックヘッジホッグが関与するシグナル伝達機構がニワトリの鱗と羽の選択にかかわっているならば、シグナル伝達機構の活性度を上昇あるいは抑制することで、ニワトリの皮膚に何らかの変化がおこるはずです。
そこで研究者たちはまだ卵の中にいるニワトリの胚の静脈部分に、シグナル伝達機構の機能を活性化する「βアゴニストSAG」を1度だけ注射してみました。
すると上の図のように、生まれてきたヒナの足が、鱗から羽に置換されていることが判明します。
またヒナを成鳥になるまで育成したところ、足からはえていたダウン状の羽毛が抜け落ちて、成鳥の羽のような左右対称の構造に変化していることがわかりました。
この結果は、遺伝子組み換えなど生命の設計図を変更せずに、ソニックヘッジホッグがかかわるシグナル伝達経路を活性化するだけで、鱗を羽に変化できることを示します。
さらにこの変化はヒヨコが成鳥になったあとも継続しており、孵化前のたった1度の遺伝子調節でも、永久的な変化をもたらすには十分であったことを示しています。
そのため研究者たちは、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達に起きるわずかな変異でも、鱗を羽に変える進化的推進力になりうると述べており、鱗から羽への進化には飛躍的な変化は必要ないと結論しています。
全く異なるようにみえる鱗と羽が、わずかな遺伝子調節によって変換できるという事実は、非常に興味深いと言えるでしょう。
この記事については、ナゾロジ―のTwitter上で研究者が読者の質問に答えてくれています。
やあ!私はこの研究の筆頭著者です。元の記事はこちらです。ご質問がございましたら、お気軽にメッセージください。https://t.co/8OAavJDona
— Rory Cooper (@rorylcooper) May 23, 2023
研究者の答えてくれたTweetを追加しました。