蝶は1億年前に北アメリカで誕生したと判明!
近年の急速な遺伝子分析技術の進歩により、数多くの種の進化の道筋や起源が解明されるようになってきました。
遺伝子分析というと難し気な印象を持ちますが、基本原理自体は極めて簡単で、異なる種の遺伝子を比較し、それらがどれほど似ているかを調べることがメインになります。
遺伝子が似ていれば似ているほど、近縁の種であることを示しており、異なる種に分岐したのも比較的最近であると考えることが可能です。
ただ基本原理が単純であっても、実際の分析は大変な作業です。
調査対象となる種の確保、遺伝子の採取、解読、分類と非常に多くのプロセスが必要となるからです。
そのため私たちの身近にいる種であっても、その起源が解明されていないどころか体系的な調査すら行われていない、ということがあり得ます。
「蝶」もそんな解明が遅れている1つであり、蝶の進化の起源は多くが謎に包まれていました。
そこで今回、フロリダ大学の河原氏を中心に蝶の起源を調査が行われることになりました。
調査にあたって研究者たちは世界各国の博物館でコレクションとして収容されている2300種の蝶の標本を対象に391個の遺伝子について分析を行いました。
蝶の種類は1万9000種ほど知られていますが、分析対象となった蝶には既知の全ての「属」の92%が含まれていました。
(※属は種よりも1つ上の分類で科の下に位置しています)
ただ蝶がどこで誕生し、どのような経路で世界中に拡散したかを突き止めるには、それぞれの蝶の生息地や幼虫がエサとする植物についてなど、現実世界のデータも必要でした。
しかし残念なことに、研究者たちが必要としていた情報はデジタル化されておらず、多くが市販される「昆虫ガイド」や昆虫好きな個人が運営するウェブページなどに存在しており、使われている言語も多岐にわたりました。
しかし研究者たちは諦めませんでした。
研究者たちは膨大な量にのぼる書籍や博物館の資料を可能な限り調べ、世界各地のウェブサイトを丹念に翻訳する作業を繰り返し、ついに包括的な蝶のデータベースを作り上げることに成功します。
加えて研究者たちは、分析対象に11種類の蝶の化石のデータを組み込みました。
これらの化石のデータは起源に遡る系統樹予測が正確かを調べるチェックポイント(校正点)として利用することができました。
そうして組み上げられたのが以下の系統樹になります。
この系統樹の情報によれば、現在のように昼間に飛び回り花の蜜を吸う「最初の蝶」は今から1億年前の北アメリカで、夜行性の「蛾(ガ)」から分岐したことがわかりました。
幸いなことに、最初の蝶がうまれた時期には既に、ミツバチと甘い蜜を作る花の関係が確立されており、蝶たちはその関係に滑り込む形で第一歩を踏み出したのです。
そしてすぐに蝶たちもすぐにミツバチと同じように花粉媒介者として植物たちにとってなくてはならない存在になりました。
これまでアジアの蝶は多様性が高いことを理由に「蝶の起源はアジア」とする仮説が一般的でしたが、遺伝子分析、現実の蝶の分布データ、そして化石的証拠を組合わせることで、北アメリカ起源説がより説得力を持つものとなりました。
その後、蝶たちは生まれ故郷の北米から南米に拡散し、まだ太平洋を越えてオーストラリアに到着します。
一方、北アメリカに残っていた蝶たちは太平洋の北側にあるベーリング海を西に向けて横断し、現在のアジアに到着し、東南アジア、中東へと拡散し東アフリカに到着。
そして当時アフリカ沖にあったインド島に辿り着きました。
しかしヨーロッパだけは蝶の到着が大きく遅れていました。
ヨーロッパに続く西アジアの端にいた蝶たちは何らかの理由で実に4500万年にもわたり拡散を停止させていたからです。
そのためヨーロッパに最初の蝶たちがたどりついたのは今から1700万年前と比較的最近となりました。
興味深いことに、研究ではこの「ヨーロッパへの到達遅延」の影響は1700万年後の現在にも残っていることが示されています。
到着してからあまり時間がたっていないということは、種の多様性を増加させる時間的猶予も少ないことを示します。
(※種の多様性形成において時間的要因はその1つですが、他にも多くの要因が存在します)
そのためヨーロッパは世界の他の地域と比較して蝶の種類が少なく、生息している蝶たちの多くがアジアやシベリアなどと被っていました。
さらに蝶と植物の関係性を調べていたところ、ほとんどすべての蝶はマメ科植物を食べていた(幼虫時代)先祖をもつことがわかりました。
しかし蝶は世界中に拡散すると、植物とともに急速に多様化し、恐竜が絶滅した6600万年前には、現在みられるほぼ全ての蝶の仲間が出現するに至ります。
最初の蝶は蛾(ガ)から分岐した非常にマイナーな種でしたが、花粉を媒介する役割を通して植物たちとの共進化が成し遂げられ、現在の蝶は昆虫のなかでも屈指の存在感を持つようになりました。
植物と一緒に繫栄するという戦略は、人間でも蝶でも「大当たり」であったと言えるでしょう。
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