台風通過の1週間後に波エネルギーはピークに到達
毎年、赤道以北の北太平洋で発達した台風は日本を含むアジア各国に接近・上陸することで、大雨や暴風による甚大な被害をもたらしています。
特に陸上での被害とは異なり、海の内部におよぶ台風の影響はいまだ完全に解明されていません。
沿岸部での波浪や高波は、海に浮かぶブイや人工衛星によって観測できますが、水面下100〜1000メートルの中・深層においては、その実態を調べた研究がきわめて少ないのです。
そこで研究チームは今回、台風で生じた波がどのようなスピードや勢力で海の内部へと伝播するのかを調査しました。
対象としたポイントは対馬暖流が激しく蛇行する新潟県・佐渡の沖合で、期間は2019年6月〜2020年6月までの1年間です。
期間中の7月〜10月までに3つの台風(10・17・18号)が日本海を通過しています。
3つの中でもとりわけ、9月22〜24日に日本海を横断した台風17号の勢力が際立っていました。
観測実験では、水面から垂直方向への波の伝播を調べるために、海底から係留ロープをまっすぐ立ち上げて、さまざまな深度に合わせて流速計をセットしています。
それぞれの深度から得られたデータをつなぎ合わせることで、台風によって生じた波のエネルギーを水面から海底までシームレスに追跡しました。
そして観測の結果、最も勢力の強い台風17号が通過した後では、海の内部に伝播した波が1週間以上も消失せずに存在し続けていたことが判明したのです。
しかも波エネルギーは減衰するどころか、むしろ台風通過の1週間後に達した水面下100〜1000メートルの中・深層においてピークに達していました。
チームは、波の寿命が長期化した理由を探るべく、台風によって日本海上のどの海域にどれだけの風のエネルギー量が注入されたかをマッピング(下図の右)。
加えて、個々の風エネルギーで生じた波の周波数や波長を調べて、波ごとの伝播経路や速度情報を引き出しました。
その結果、海面付近で発生した波のエネルギーは、波長や周波数ごとに波の伝播速度が変わるため、それぞれ異なる時間に中・深層に到達していたことが特定されています。
これまでの研究では、沿岸域の波浪や高波と同じように、海の内部を伝わる波も台風の通過後すぐにその影響が現れて、消滅すると考えられてきました。
ところが今回の観測から、海面上の風エネルギー、波の周波数や波長、伝播経路や伝播速度など、さまざまな要因が重なり合うことで波の寿命が長くなり、”亡霊”のように海の中を彷徨うことが明らかになっています。
この新たな知見は、海の内部への台風の影響や、それに伴う海洋環境の変化を考える上できわめて重要です。
まず台風で生じた海の内部への波は、一定の時間差をもって水深100〜1000メートル付近の中・深層に影響を与えます。
深い海の中に生じる波の影響と言われても、一般の我々にはイメージしづらいものがあります。
しかし深海に伝わる波は、海中に設置されている漁業設備や海底ケーブル、洋上風力発電、掘削設備など、海洋インフラに対する被害を及ぼす可能性があり、今回の結果はそれが台風から1〜2週間ほど遅れて発生する可能性を示唆します。
ただ、海中を伝わる波の影響はデメリットだけではないと言います。
中・深層への波の伝播によって海水が激しく振動すると、栄養分を多く含んだ海水の運搬によりプランクトンが増殖し、それによって魚類の繁殖が活性化することで、予期せぬ大漁に繋がるなど、漁業におけるメリットも考えられるようです。
これらを踏まえてチームは今後、台風由来の波が海の中の世界にどれほどの影響をもたらし得るのかを事前に予測できる技術やシステムの開発を進めていきたいと考えています。
私たちにとって波とは海上を伝わるものでしかありませんが、波とはエネルギーの伝播であり、それは海中深くまで伝わっていきます。
その影響を調査した研究はまだ少なく、今回の報告は貴重なものでしょう。
果たして、台風の産み落とした亡霊は、海洋環境にメリットとデメリットのどちらを多く与えるのでしょうか。