患者の脳で神経伝達物質の不均衡がみられた
これまでの研究では、グルタミン酸やGABAのレベルについて一貫した結果が得られていませんでした。
例えば、ある研究では強迫性障害の患者の前頭前皮質でGABAレベルの低下が確認されましたが、別の研究では逆の結果が得られたり、GABAのレベルに変化がないという結果も報告されていました。
これらの問題を解決するために、ケンブリッジ大学の研究者たちは、高性能な磁気共鳴画像(MRI)スキャナーを使用して、脳内のグルタミン酸とGABAのレベルを測定しました。
本研究では、通常の臨床診断で使用されるMRI装置(1.5テスラまたは3テスラの磁場強度)よりも強力な7テスラの磁場強度を持つMRIスキャナーを使用したことで、神経伝達物質のレベルを異なる脳領域で個別に検出・測定できました。
主に、前帯状皮質(ACC)と補足運動野(SMA)と呼ばれる、脳の前方に位置する2つの領域に焦点を当て、グルタミン酸とGABAのレベルを測定しました。
ACCとSMAは、先述したCSTC回路の一部として機能しています。ACCは意思決定や感情の処理に関与し、SMAは自発的な運動の開始に重要な役割を果たしています。
これらの領域で神経伝達物質のバランスが崩れると、感情や行動に影響が及ぶ可能性があります。
結果、神経症障害の患者のACCとSMAにおいて、グルタミン酸のレベルが高く、GABAのレベルが低いことが確認されました。
つまり、これらの領域では神経細胞の興奮が過剰で、抑制が不足している状態になっているということです。
この神経伝達物質のバランスの崩れが、特に症状の強さに影響を与えるのではないかと考えられます。
また、SMAにおいてグルタミン酸のレベルが高いと、臨床的診断の有無にかかわらず、強迫行為がみられることもわかりました。
すなわち、SMAのグルタミン酸のレベルが高いほど、強迫行為の症状が重い可能性があるということです。
本研究の筆頭著者であるビリア博士は、この「バランスの崩れ」が強迫性障害の症状に影響を与えるとコメントしています。
「グルタミン酸のレベルが変化すると、グルタミン酸受容体の活性化に影響を与え、異常な興奮伝達を引き起こします。同様に、GABAのレベルの中断は、神経ネットワークのバランスを維持する基本的な役割を果たす抑制的な信号伝達に影響を与えます。グルタミン酸またはGABAの神経伝達の乱れは、神経の過活動または低活動につながるのです」
この発見により、研究者たちは「強迫性障害に対するより効果的な治療法の開発に向けた希望が高まっている」と述べています。
新しい治療法としては、神経細胞からのグルタミン酸の放出を抑制する薬の使用や、頭皮に磁気コイルを当てて神経回路の化学的バランスを調整する方法が考えられています。
ビリア博士は、「将来的には、強迫性障害が病気の初期段階で診断され、化学的不均衡が早期に特定されることで、これらの新しい治療法が強迫性障害患者の生活の質と幸福感の向上に寄与することが期待されます」と述べています。