薬物を接種しても「ハイ」にならない抗薬物ワクチン
ヘロインは麻薬の中でも最も危険な薬物とされており、接種すると常人が一生のうちに体感しうる全ての快楽を、一瞬で得られると言われています。
しかしそのぶん依存性も極めて高く、1度断薬した人が再び手を出してしまう再発率は90%にも及びます。
ヘロインによって体感した「一生分」の快楽は生涯にわたり脳に残り続け、またあの快楽を得たいと繰り返し渇望するようになるからです。
一方、フェンタニルは多くの国で鎮痛剤として処方されていましたが、近年になって米国を中心に娯楽目的での大規模な濫用が起きています。
アメリカ西岸地域の各地において「ゾンビ街」と呼ばれる地域が発生し、街中をフェンタニル中毒患者がゾンビ映画のように徘徊する様子が記録されています。
またフェンタニルはモルヒネの100倍、ヘロインの50倍も強力な合成オピオイドであり、体格によってはわずか2mg(米粒1つぶん)の量で死に至ります。
実際、2021年にはフェンタニルの過剰摂取によって10万人が死亡したと考えられています。
さらにフェンタニルは安価で入手することが可能であることから、違法薬物の売人もヘロイン中毒患者にフェンタニルに切り替えるように勧めるといった事態も起きています。
しかし薬物中毒を治すには現状、中毒患者自身の「我慢」に依存する断薬しか存在しません。
これまでに断薬を補助するいくつかの薬が開発されていますが、効果が限定的であり、断薬補助の薬を快楽を得るための手段として利用するといった事態も起きています。
そこで近年になって、違法な薬物の効果を打ち消す「抗薬物ワクチン」の開発が行われるようになってきました。
新たな抗薬物ワクチンに求められている機能は、体の免疫システムに対して特定の薬物をあたかも病原体のような異物と認識させ、薬物が体内に侵入した場合には抗体を結合させて、薬物が脳に到達するのを妨害することにあります。
薬物が脳に到達しなければ、人間は快楽を感じることもなくなります。
また過剰摂取による呼吸機能の麻痺も、薬物が脳に入らなければ防ぐことが可能です。
さらにワクチンは長期間にわたり持続的に効果を発揮することが期待されており、もし生涯にわたり効果を発揮できれば、二度と薬物で快楽を感じることもなくなるでしょう。
ウイルスと違ってヘロインやフェンタニルなどの薬物は進化(変異)によって構造が変わることがないため、一度開発してしまえば新たなワクチンを設計する手間もありません。
ただ問題は、私たちの免疫システムは主に病原菌やウイルスに対抗するために設計されているため、そのままでは薬物を認識できない点にありました。