なぜ乗り物酔いの症状は毒物を摂取したときと似ているのか?
乗り物酔いは古くからある概念で、紀元前4世紀には既に、古代ギリシャの医師「ヒポクラテス」によって、その存在が記載されています。
興味深いことに、乗り物酔いで見られる倦怠感や吐き気、食欲不振、低体温などは、毒物を摂取したときと似ています。
そのため近年では、乗り物酔いの症状が、毒物を排出するための体の防衛反応を「借りている」との説が、有力になりつつあります。
というのも、人間の脳には違和感を毒とつなげる脳回路が存在しているとわかってきたからです。
たとえば「食べ物だと思って口にしたものが毒だった」場合、脳ではこの深刻な違和感を知らせるシグナルが発生し、吐き気をはじめとした症状が起こると考えられています。
乗り物酔いの場合も視覚的な情報と平衡感覚の情報が一致しない「違和感」が毒物の時と似たシグナルを発生させ、結果として吐き気や食欲不振を引き起こすとされています。
乗り物酔いのようなネガティブな症状は、脳や神経がダメージを受けたために起こる副作用と思われがちですが、実際には脳自体が率先して起こしている反応だったのです。
しかし乗り物酔いにみられる症状が、具体的にどんな脳細胞たちによって制御されているかは、詳しくわかっていませんでした。
そこで今回、バルセロナ自治大学の研究者たちは、乗り物酔いをしたときにどんな脳細胞が活性化しているかを、マウスを使った実験で調べることにしました。
ただそのためには、まず、マウスたちを乗り物酔い状態にしなければなりません。
そこで研究者たちは、マウスたちをチューブに閉じ込めて、断続的に4分間にわたって「75RPM(1秒につき1.25回転)」の速度で回転刺激を与えました。
この回転によってマウスたちの体には地球の重力の4倍にあたる4Gの加速がかかります。
すると、マウスたちは運動量の減少や食欲不振、低体温など、人間の乗り物酔いに似た症状を発症しました。
マウスたちは人間と違って乗り物酔いで吐き気を感じないとされていますが、吐き気以外の身体症状は人間の乗り物酔いと同じです。
次に研究者たちは、耳の三半規管から脳にバランス信号を伝える「前庭核」と呼ばれる神経線維のさまざまな経路を阻害し、同様の回転実験を行いました。
もしこの三半規管と脳を繋ぐ神経線維の中に、乗り物酔いのトリガーとなる信号があった場合、特定の経路を阻害することで、乗り物酔いが起こらなくなるはずです。
すると、VGLUT2と呼ばれるタンパク質を生産している前庭ニューロンを不活性化されたマウスでは、乗り物酔い症状を起こしにくくなっていることが判明。
逆に回転させていないマウスでも、このニューロンを強制的に活性化させると、乗り物酔いのような行動を起こしました。
またさらなる絞り込みを行ったところ、VGLUT2を生産しているニューロンの中でも、特にCCK-Aと呼ばれる受容体(細胞表面の要素)を持つニューロンが、多くの乗り物酔い行動の原因であることを発見。
この結果は、三半規管から脳に向かう神経線維のなかに、乗り物酔いを起こす信号を運んでいるニューロンがあり、その信号が脳に届くのを邪魔できれば、乗り物酔いを防げることを示しています。
次に研究者たちは、特定された経路が脳のどの部位に通じているかを調べてみました。
すると食欲、体温、無気力を制御することが知られている、脳の腕傍核(PBN)に繋がっていることが判明します。
また研究者たちがこの腕傍核(PBN)を刺激したところ、乗り物酔いの一部の症状がマウスに現れることが示されました。
これらの結果は、三半規管から発せられた特定の信号が、前庭核の神経線維(ニューロン)を伝って、脳の腕傍核(PBN)に伝達され、乗り物酔いの症状を起こしていることを示します。
では判明したメカニズムをもとに、乗り物酔いを治す薬を開発できるのでしょうか?