自爆からの連携技で「がん細胞の心中」を誘発する
先に述べたように、改造免疫細胞(CAR-T細胞)は患者のがん細胞の特定の目印を認識して攻撃を行います。
たとえばある患者のがん細胞が特定のタンパク質Aを発現しているとします。
CAR-T療法では、このタンパク質Aを標的とするように改装されたCAR-T細胞が攻撃を行うことになります。
しかし、がん細胞の中にはタンパク質Aを少なく発現しているものや全く発現していないものも存在し、バイスタンダー細胞(標的とされていない細胞)となります。
そのためCAR-T細胞は直接的には、バイスタンダー細胞を認識できません。
しかし自爆スイッチを起動させる追加武装をCAR-T細胞に組み込むとバイスタンダー細胞を認識し、CAR-T細胞からサイトカインなどの免疫物質が放出される可能性があります。
サイトカインが分泌された部分では免疫の活性化と感度の上昇が起こり、バイスタンダー細胞を敵として認識できる可能性が高まります。
またバイスタンダー細胞が破壊され内容物が放出されることも、周りのバイスタンダー細胞も敵として認識される可能性を高め、CAR-T細胞による攻撃が誘発されます。
このような間接的な影響によってCAR-T細胞が活躍することは(CAR-Tの)バイスタンダー効果と呼ばれ、日本語では「心中効果」あるいは「もらい泣き効果」と呼ばれることもあります。
研究者たちはCAR-T細胞に自爆スイッチを起動させる装備を追加することで「がん細胞に対する2連撃になる」と述べています。
ただこれで全てのがん細胞を死滅させられるかというと、残念ながら違うようです。
がん細胞の中には、自爆スイッチを簡単に起動させれないように細工できるものも存在するからです。
実際、今回の研究では、自爆スイッチの特定の2カ所に変異が起こると、CAR-T療法も自爆スイッチの起動も両方とも行えなくなることが示されました。
一方でこの発見は、どの患者がCAR-T療法から恩恵を得られるかを事前に知る検査につながる可能性があります。
具体的には、CAR-T療法を行う前に患者のがん細胞の自爆スイッチの状態を調査し、変異がなければCAR-T療法の有効性が高いと事前に判断できます。
がん細胞との闘いは3歩進んで2歩下がるといった苦しいものであり、革新的な手法でも万能の治療薬にはなり得ません。
しかし小さな1歩を積み重ねていけば、やがて克服できる日が来るでしょう。
研究者たちは将来的に、自爆スイッチが変異してしまった場合でも強制的にがん細胞を自爆させられるような抗体が開発されるだろうと述べています。