植物は「匂い」を介して会話する
例えば、草刈りをしたときに独特の青臭い匂いがしますが、これは「緑の香り(Green leaf volatiles: GLVs)」と呼ばれ、植物が傷つけられたり、虫にかじられた際に放出する匂いです。
また近くの植物がこの「緑の香り」を感知すると、自身はまだ傷つけられていないにも関わらず、潜在的な危険に対して集団での防御反応を起動させます。
一例としては、虫の体内で消化できないよう化学物質を合成することで、食害を抑制するというものです。
このように植物は匂い情報を介して、周囲の仲間とコミュニケーションを取っています。
一方で、植物が匂いを感じ取る瞬間をリアルタイムで可視化した例はありません。
そのため、動物のような鼻をもたない植物がどの器官から、どんな匂い物質を感知しているのかが分かっていませんでした。
匂いを感じる瞬間を可視化!
そこで研究チームはモデル植物である「シロイヌナズナ」を用いて、実験を行いました。
これまでの研究で、植物は被害にあった近くの植物が放つ「緑の香り」を感知すると、カルシウム(Ca2+)のシグナルを発生させることが知られています。
これを利用して、シロイヌナズナの内に、カルシウム(Ca2+)と結合すると緑色に明るく輝く「蛍光バイオセンサー(GCaMP)」を発現させて、匂いを感じる瞬間(=Ca2+の発生)の可視化を試みました。
実験では、容器の中に植物の葉っぱとガの幼虫を入れ、食害によって発生した「緑の香り」をポンプで送風し、シロイヌナズナに吹きかけます(下図を参照)。
その結果、シロイヌナズナの葉っぱが次々と明るく光り始め、カルシウム(Ca2+)シグナルが発生する瞬間を目で見ることに成功したのです。
次にチームは、カルシウム(Ca2+)シグナルを引き起こした具体的に匂い物質を調査。
すると、「緑の香り」に含まれる青臭さの主成分である(Z)-3-ヘキセナールと(E)-2-ヘキセナールが原因物質であることが判明しました。
匂いはどこから取り込む?
では、鼻のない植物は匂い物質をどこから取り込んでいるのでしょうか?
チームは蛍光バイオセンサーを、空気の取り込み口である「気孔」や葉の表面を覆う「表皮細胞」、葉の内部を構成する「葉肉細胞」だけに作らせました。
その結果、匂い成分が空気中に拡散し始めてから約1分後に気孔で、約80秒後に葉肉細胞で、そして5分ほど経ってから表皮細胞でシグナル発生が観察されたのです。
このことから、シロイヌナズナは「緑の香り」を最初に気孔から取り込み、徐々に葉の内部へと送り込むことが示されました。
また追加実験では、気孔が開いていないとシグナル発生が著しく遅くなり、正常にコミュニケーションできないことも確認されています。
以上の結果からチームは次のような植物コミュニケーションのモデルを提唱しました。
まず、虫にかじられた植物が「緑の香り」を放出し、そこに含まれる青臭さの主成分が近くの仲間のもとに漂う。
その成分は気孔から取り込まれ、次第に葉の内側に送られることでカルシウム(Ca2+)シグナルを発生させ、防御システムを起動させる。
このやり取りは私たちの目にはまったく見えませんが、植物たちはこのような無言の会話を通して、お互いの身を守り合っているのでしょう。
こちらは匂いを感知する瞬間をリアルタイムで捉えた映像です。