「匂い」がうつ治療に役立つ可能性
うつ病は一日中気分が落ち込む、何をしても楽しくない、疲れやすい、眠れないといった状態が続く深刻な病気です。
これまでの研究で、うつ病を患っている人はエピソード記憶(自伝的記憶)の想起が困難になっていることが知られています。
これはうつ病が認知機能や感情プロセスに影響を及ぼすことで、エピソード記憶の検索が阻害されているためです。
特に気分障害のせいでポジティブな記憶を想起しづらくなっており、それがネガティブな思考の悪循環を招いて、ますます気分を落ち込ませるといわれています。
そこで米ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)の医学研究チームは、匂いによってうつ病患者のエピソード記憶が想起されやすくなるかどうかを実験しました(JAMA Netw Open, 2024)。
うつ症状のある32名の成人男女(18歳〜55歳、女性26名、男性6名)に協力してもらい、匂い成分を封入したガラス瓶を提示します。
匂いには、オレンジ、挽きたてのコーヒー豆、靴磨き、ヴィックスヴェポラッブ(風邪を緩和する軟膏剤)といった生活に馴染みのある香りを計24種選びました。
またこれと並行して、24種類の単語を提示し、被験者は匂いと単語のそれぞれに関連する特定の記憶を思い出すように指示されています。
その結果、うつ症状を持つ被験者たちは、単語よりも匂いを手がかりにした場合の方が記憶を想起しやすいことが分かったのです。
被験者のうち、単語から記憶を想起できたのは52%だったのに対し、匂いから記憶を想起できたのは68%に上りました。
また匂いで想起された記憶の方が、被験者による描写が鮮明かつリアルであり、「彼らはその記憶を追体験しているようでした」と研究主任のキンバリー・ヤング(Kymberly Young)氏は話します。
加えて、特にポジティブな記憶を思い出すように指示したわけではないにもかかわらず、匂いを嗅いだ被験者はネガティブな出来事よりもポジティブな出来事を思い出す可能性が高くなっていたのです。
ヤング氏らはこの結果を受けて、馴染みのある匂いを嗅ぐことで、うつ病患者が特定の自伝的記憶を思い出すのを助け、認知機能や感情プロセスの改善が期待できると指摘。
さらにポジティブな自伝的記憶の想起は気分の向上や回復を促し、ネガティブな思考の連鎖を断ち切るのにも役立つと述べています。
このように匂いによる記憶想起は、うつ病を治療する新たな方法としても応用できるかもしれません。