量子世界を重力で探る
現在、私たちはリンゴが落ちるのも、地球が太陽の周りを回っているのも、重力が原因であることを知っています。
そして重力の源となっているのは質量であり、質量が大きければ大きいほど重力が強くなると考えられています。
たとえば地球の重力加速度は「9.81 m/s2」すが、地球の10分の1の質量しかない火星の重力加速度は「3.71 m/s2」であり、地球のほうが2.6倍も強くなっています。
これらの数値はアインシュタインの理論の予測値と一致しています。
一方、量子力学の登場によって、量子レベルの小さな世界ではアインシュタインの理論の多くが当てはまらないことがわかってきました。
アインシュタインよりも古いニュートンの理論も光の速度に近い運動や小さな世界とは上手く一致しません。
逆に量子力学の理論をもとに、大きな世界を説明することも困難です。
ニュートンの万有引力、アインシュタインの相対性理論、量子力学の3つは、それぞれ自分たちが得意とする領域では実測値と一致するのですが、不得意な領域に足を踏み入れると、理論と現実が乖離してしまうのです。
そこで近年では、量子力学と重力理論を結び付けた量子重力という分野が着目されるようになってきました。
量子重力理論と他の理論の関係を視覚的に捉えると、上の図のようになります。
量子重力理論は、大きな世界から小さな世界まで、全ての世界で成り立つような重力理論の候補として期待されています。
しかし現実は厳しく、量子力学と重力の関係性を探る試みは失敗を続けています。
アインシュタインも「重力の量子版を証明できる現実的な実験など存在しない」とまで述べています。
そこで今回、ライデン大学の研究者たちは、微粒子の発する重力を測定する方法を開発することにしました。
小さな世界で働く実際の重力を測定できるようになれば、量子重力理論を前進させる大きな力となり得るからです。
実験ではまず、3つの小さなネオジウム磁石と1つのガラス球を組合わせた、重さ「0.43mg」微粒子が作成されました。
そして微粒子を超伝導体の上に乗せて冷却し、浮遊させます。
これらの実験装置全体をスプリングなどを用いることで、環境から伝わる僅かな振動を遮断しました。
こうすることで、浮遊する微粒子はある程度、世界から切り離された安定した状態に置くことができます。
次に研究者たちは車輪の一部に真鍮の重りを取り付け、微粒子が収められた装置の周りで回転させました。
この回転によって、真鍮の重りの距離が微粒子に対して一定間隔で近づいたり離れたりを繰り返すようになります。
すると浮遊中の微粒子は、真鍮の重りの発する重力によって、真鍮が近づいた時に引き寄せられ、遠くに行った時には引き離されるようになります。
重力は距離が遠くなると弱まる性質があるからです。
研究では、この真鍮の重りが発する重力によって微粒子が揺れ動く様子が観測され、その振動パターンから微粒子自体の重力が計算されました。
惑星と衛星の質量と動き(軌道や揺れ)がわかれば、そこから逆算することで、衛星の重力の予測ができるのと同じ仕組みと言えます。
結果、0.43mgの微粒子は、約30アトニュートンの重力を発していることが判明しました。
1アトニュートンは、1ニュートンの10億分の1のさらに10億分の1(百京分の1)です。
(※単位は1000分の1されるごとに「ミリ➔マイクロ➔ナノ➔ピコ➔フェムト➔アト」となります。アトより先はさらにゼプト➔ヨクト➔ロント➔クエクトと続きます)
これまでの研究で重力が測定された最も小さな物体は90mgの2個の金球ですが、今回の研究によって記録が更新されたことになります。
ただ装置があまりに高精度であるため、今回の実験では振動を抑えるための「スプリングの重力」がノイズとなるなど、新たな問題も発生してしまいました。
研究者たちはこれらの問題を解決し、さらに精度を高めてより小さな量子レベルの物体の重力を測定することを目指しています。
もし実現すれば、1つの粒子が2つの異なる場所において「量子的重なり合い状態」にあるときの重力を測定することも可能になるでしょう。
その場合、検知される重力は粒子1個ぶんになるか、それとも2個ぶんになるのでしょうか?
あるいは量子的なもつれ状態にある粒子は、そうでない粒子と重力に違いがあるのかも確かめることができます。
理論上は違いがないはずですが、実測で予想外の数値が得られる可能性は十分にあり得ます。
量子レベルの重力理論が解明されれば、重力の魔物であるブラックホールの内部で何が起きているかも、理論的に解明できるなど、宇宙の神秘を解き明かす助けになると考えられています。
研究者たちは(ブラックホールの内部の様子など)「かつては想像することもできなかったことの答えが、ほんの少しさきにあるように感じている」と述べています。