細胞内の左右を決める微小管が変異すると左利きになりやすい
どんな遺伝子が左利きに関連するのか?
遺伝子の分析を行ったところ、奇妙な傾向がみえてきました。
2019年に行われた研究では4個ほどの遺伝子が特定されましたが、3つは微小管という管状の細いフィラメントに関連した遺伝子でした。
微小管は細胞の形を維持や変形に重要な役割を果たしており「細胞の骨格」と表現されることがあります。
他にも微小管は細胞分裂のときに細胞にくびれを作ったり、ニューロンの長い軸索を伸ばしていく「脳回路の芯」としても機能します。
もしぐにゃぐにゃと形を変形できる鉄筋コンクリートがあったとすれば、微小管はその鉄筋の役割をしていると言えるでしょう。
近年の研究では、細胞が自分の右と左を認識して臓器の形状を変化させようとするときなどには、細胞の右部分と左部分の細胞骨格が変化することが明らかになってきました。
また2020年の研究で発見された左利き関連の41個の遺伝子のうち、8個が微小管に関連する遺伝子や軸索の身長などにかかわる遺伝子が含まれていました。
同様の結果は今回のマックス・プランク研究所で行われた研究でも得られており、微小管を構成する遺伝子「TUBB4B」に稀な変異が起こると、左利きになる確率が2.7倍も増加することが示されています。
研究者たちは、細胞の左右決定に重要な微小管にかかわる遺伝子に変異が起きて、働き方が変化したり失われたりすると、細胞レベルで左右が混乱する可能性があると述べています。
さらに驚くべきことに、2021年の研究では脳の左右非対称性に関連する27の遺伝子変異が発見されたのですが、そのほぼ半数が微小管関連の遺伝子となっていました。
この結果は、微小管の遺伝子変異によって、脳細胞たちが自分の左右を見失ってしまうと脳の正常な左右非対称性の成立に影響がおよびことを示しています。
つまり「微小管の変異」➔「脳細胞たちが自分の左右認識を見失う」➔脳全体の正常な左右非対称性の成立にも影響」➔「デフォルトで右利きになるところを混乱によって左利きになってしまう」というな流れになります。
こうなると「左利きになることは脳の左右異常を反映しているのでは?」とも思えてきます。
残念なことにその予想は当たっており、いくつかの神経疾患の患者では左利きが多くなるという事例が報告されています。
たとえば統合失調症の患者は健康な人に比べて左利きの割合が2倍であり、自閉症の人が左利きである確率は3倍となっています。
また過去に行われた研究では、脳の左右が正常に形成されないことが自閉症の一因になることも示されています。
研究によって発見された40以上の左利き遺伝子のいくつかも、精神疾患との関連性がみられました。
しかし総人口の10%(8億人)にあたる左利きの人々の多くは、健康です。
また今回の研究で左利きにかかわることが示された「TUBB4B」の希少変異は、疾患に関連する変異バージョンとは異なっていました。
そのため研究者たちは、左利きになる変異の中には良性のものが多く含まれている可能性があると述べています。
人類の進化過程をみても、左利きになることで生存競争に不利になるとは思えません。
細胞レベルの左右差をうみだす微小管の変異が、脳の左右非対称性に影響し、最終的に利き手の変更までつながるという考えは実に壮大と言えます。
また統合失調症や自閉症が実は脳の左右非対称性形成に問題があるかもしれないという考えも、症状の理解に新たな切り口を提供するでしょう。
研究者たちは今後、より大規模な調査を行い、左利きに関連する遺伝子を徹底的に調べていくと述べています。