水を浴びたマウスが体を震わせる時の神経メカニズムを解明
最初に研究チームは、震え行動の原因を詳しく調べるため、マウスの背中と首に数種類の刺激を与えてみました。
水だけでなく、風を当てたり油を塗ったりしたのです。
その結果、それらどの刺激でも、マウスは体の震え(WDS)を引き起こしました。
つまり、マウスは「自分の身体が水でずぶ濡れになったから」と考えて、意図的に体を震わせているわけでも、水で体温が下がったので自動的に体を震わせたわけでもありません。
動物たちは、皮膚が受けた機械的刺激に反応して体を震わせていたのです。
次に研究チームは、マウスがWDSを引き起こす際の神経メカニズムを詳しく探るため、遺伝子操作、生体内カルシウムイメージング(ニューロンのカルシウムを測定し、情報伝達経路を観察する手法)などを用いて分析しました。
その結果、マウスの震えには、「C-LTMR(C-Low Threshold Mechanoreceptor/C-低閾値機械受容器)」という感覚受容器が大きく関係していることが明らかになりました。
C-LTMRは、主に体毛が生えている皮膚に多く分布しており、痛覚や強い圧力には反応せず、軽い接触や撫でるような刺激に応答することで知られています。
これは主に撫でられたときに心地よいと感じる感覚と関連していて、毛づくろいなど社会的な接触を触発する役割を持っていると考えられていました。
人間にも存在している感覚で、人が頭を撫でられて気持ちいと感じるのは、このC-LTMRが関連しています。
しかし今回の研究により、C-LTMRには撫でられる感覚に反応するだけでなく、液体などの刺激に対してまったく異なる反応を生物に引き起こすと明らかになったのです。
実際、遺伝子操作によりC-LTMRを持たないマウスを作ると、彼らは油や水などの刺激に対する震え(WDS)が大幅に減少することが確認できました。
また逆に、光遺伝学により、光の刺激でC-LTMRが活性化するようにしたマウスでは、光を当てるだけでWDSを引き起こすことにも成功しています。
加えて今回の研究では、動物が刺激を受けてから、その感覚信号が皮膚から脊髄、そして脳に伝わる一連の経路も明らかにし、WDSの神経メカニズムを解明しました。
つまり、この動作は、体を乾かそうと動物が意図して行っている行動ではなく、液体の刺激が皮膚に触れたときに反射的に行ってしまう動作であって、自分では制御できないものだったのです。
この研究は、動物の行動を理解するだけでなく、触覚や神経反射の仕組みを明らかにすることで、触覚を利用した医療やリハビリテーションへの応用にも期待が寄せられます。
それにしても、同じC-LTMRを持つ人間が、なぜWDSを上手く真似できないのでしょうか?
それは人間にもC-LTMRがあるものの、人間からはWDSの機能が失われていることが原因です。
WDSは人間だけでなく、ゴリラやチンパンジーでも確認されていないため、霊長類はWDSを失った可能性が考えられています。
その理由については、体毛の減少が関連していると考えられています。
WDSを起こす哺乳類は、霊長類と比べて体毛の密度が高い毛深い生物であることが報告されています。そのため毛の密度が低下した霊長類や、ほぼ体毛を失っている人間からはWDSが失われたというのです。
もう1つの理由は、霊長類が手を使って異物を排除できるようになったためだと考えられます。
WDSは自分の手が体のほとんどの部位に届かず、上手く異物を排除出来ない動物たちに見られる動作です。そのため手を器用に使えるようになった霊長類に、WDSは必要なくなったと考えられるのです。
こうして、人間のC-LTMRは撫でられたら気持ちいいという役割だけになり、防御的な反射行動(WDS)の機能は持たなくなったのでしょう。
なので出来たら便利そうですが、もはやその機能を失った人間には、見様見真似で実行しようと思ってもWDSは上手くできないのです。
それにしても、動物たちが撫でられたときの心地よさを感じる神経(C-LTMR)が、WDSを引き起こす役割も持つというのは意外な事実です。
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