ヒト型遺伝子を組み込んだらマウスの鳴き声が複雑化した
ヒト型遺伝子を組み込んだらマウスの鳴き声が複雑化した / Credit:clip studio . 川勝康弘
biology

ヒト型遺伝子を組み込んだらマウスの鳴き声が複雑化した

2025.02.21 18:00:05 Friday

ヒト特有の遺伝子を組み込んだマウスが、驚くほど複雑な鳴き声を発するようになった――。

アメリカのロックフェラー大学(RU)で行われた研究によって、脳内のRNA(遺伝子のメッセージ)」を“切り貼り”する働きをもつ遺伝子NOVA1という遺伝子をヒト型に改変したマウスで、周波数の変化や鳴き声のパターンが通常より多彩になる現象が確認されました。

わずか1か所のアミノ酸置換が神経回路やシナプス形成に影響し、“音声コミュニケーション”の複雑化をもたらしている可能性があります。

研究者たちはこのNOVA1について言語遺伝子と呼べるかもしれないと述べています。

こうした結果は、「なぜヒトだけが高度な言語を持つのか?」という進化の謎をひも解く手がかりになるかもしれません。

本記事では、この実験の詳細や背景をわかりやすく解説するとともに、言語遺伝子研究の最前線をご紹介します。

研究内容の詳細は2025年2月18日に『Nature Communications』にて公開されました。

A humanized NOVA1 splicing factor alters mouse vocal communications https://doi.org/10.1038/s41467-025-56579-2

なぜヒトだけが言語を巧みに操れるのか?

ヒト型遺伝子を組み込んだらマウスの鳴き声が複雑化した
ヒト型遺伝子を組み込んだらマウスの鳴き声が複雑化した / NOVA1タンパク質の197番目のアミノ酸が変化した進化のタイミングと、その変異がタンパク質内でどの位置にあるのかを示すモデル図です。図ではいつこの197番目のアミノ酸の置換が起こったのか、進化の過程でどの段階で現生人類に固定されたのかが示されています。また今回の研究で作られたNova1hu/huマウスが、現代のヒト特有の変異(バリンになっている)を持っている点が強調されています。/Credit:Yoko Tajima et al . Nature Communications (2025)

言葉を巧みに操り、世界中で何千もの言語を駆使してコミュニケーションを行うのはヒトだけです。

動物の中には多種多様な音声シグナルを持つものがいますが、ヒトほどに複雑な「文法」や「意味」を意図的に扱える存在は確認されていません。

では、なぜヒトはこれほど高度な言語能力を手に入れることができたのでしょうか。

この問いに対して、「脳の構造的特長」や「社会性の発展」といった要因が語られることは多いものの、近年の遺伝子研究は、わずかな遺伝子変化が動物の音声行動や認知能力を大きく左右する可能性があることを浮き彫りにしてきました。

その代表例が「FOXP2」という遺伝子です。

FOXP2が変異するとヒトにおいて言語障害が起こるほか、マウスや鳥などの動物モデルでも発声パターンに変化が生じることが報告されています。

こうした研究成果は、「動物における音声行動の制御機構」と「ヒト独特の言語機能」を遺伝子レベルで結びつける重要なヒントを提供してきました。

一見して“言語”とは無縁そうな動物の鳴き声に、実は「発声のタイミング」や「周波数変化」、「シラブルの組み合わせ」といった巧妙な制御が潜んでいることが、次第にわかってきたのです。

また、このFOXP2に限らず、ネアンデルタール人やデニソワ人から得られた古代DNAとの比較研究によって、ヒトだけがもつ微妙な遺伝子変異がいくつも明らかにされています。

NOVA1もその候補の一つです。

NOVA1は脳の神経細胞で、RNAの「切り貼り」(スプライシング)を担う“RNA結合タンパク質”をコードしており、神経回路の配線やシナプス形成に影響を与える重要因子とされています。

現生人類ではNOVA1に単一のアミノ酸変異が入り、古代型ヒト(ネアンデルタールやデニソワ)や他の哺乳類とは異なるバージョンが定着しているというのです。

こうした“小さな遺伝子変異”がもたらす影響は侮れません。

というのも、脳内の遺伝子スプライシングはほんのわずかなズレでも、神経細胞どうしのやり取りや回路形成に大きな変化を生じさせることがあるためです。

実際、培養細胞やオルガノイド研究では、NOVA1にヒト型変異を導入することで、電気活動や細胞分化に差が生まれる可能性が指摘されています。

もし、こうした細胞レベルの違いが、最終的には「複雑な音声コミュニケーション」――ひいては「言語」の発達につながるとすれば、それは人類進化の大きな謎を解く糸口になるかもしれません。

とはいえ、ヒトの脳を直接使って実験するわけにはいきません。

そこで手がかりとなるのが、遺伝子改変が容易で、また鳴き声(超音波)を分析しやすいマウスです。

FOXP2の事例でも、ヒト型の置換を施したマウスが違った発声パターンを示すことが報告されており、遺伝子改変マウスを用いて「どのように発声行動が変わるか」を調べる手法が確立されつつあります。

NOVA1においても同様にマウスを“ヒト化”して発声や神経発達を解析すれば、ヒト特有の言語能力につながる遺伝的基盤を詳しく知る手掛かりとなるでしょう。

本研究は、まさにそうした狙いのもとに行われたものです。

ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノムからは見つからない“現生人類ならではのNOVA1変異”をマウスに組み込み、それがどのように彼らの脳や行動を変化させるのかを徹底的に検証します。

わずか1か所のアミノ酸違いが、大きな言語進化の一端を支えていたのか――本研究はその可能性を探る重要な試みなのです。

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