もっと深いところにある共通構造とは何か?

まったく違うはずの散乱反応が実は数式レベルでほとんど同じ形をとる──物理学者たちはこの結果についていくつかの仮説を立てています。
1つ目は数学的な“隠れた対称性”の存在です。
私たちが普段目にする世界は、3次元や4次元のように決まった形で見えますが、理論上はもっとたくさんの次元があって、そこではすべてが統一されているかもしれません。
たとえば、数学の中には「左右対称」や「上下対称」といった、見た目が反転しても同じ形になる性質があります。
「見かけ上は異なる相互作用や粒子の性質も、実はより高い次元や深いレベルでは同じ対称性によって束ねられている」可能性があるのです。
たとえば弦理論や高次元時空の仮説では、普段は4次元しか見えない世界の裏側に追加の次元があって、そこで粒子や力が統一的に説明されるかもしれないと考えられています。
粒子の世界でも、表面上は違う現象が、実はこの「隠れた対称性」によって同じルールで動いている可能性が考えられています。
言い換えれば、もしそんな“余剰次元”があれば、グルーオンとヒッグス粒子の違いは、実は表面上の見た目だけで、根本では同じルールに従っているのかもしれない、ということです。
2つ目は幾何学的アプローチや「粒子散乱のDNA」と呼ばれるものです。
これはざっくり言うと、衝突後に飛び散る粒子の様子から法則発見の活路を見いだす方法です。
「膨大な可能性の一つ一つを調べる」代わりに、粒子のエネルギーや運動量などの“パターン”を“文字”として定義し、それらを組み合わせて“単語”を作り、さらに単語を集めて“文章”を構成するように数式をまとめていくイメージです。
「飛び散る粒子の“散乱”に何の意味もないのではないか?」と思うかもしれませんが、違います。
これらのパターンをよく調べてみると、じつは不思議な規則性が隠れているとわかってきました。
研究者たちも初めは信じられませんでしたが、何千、何万という計算を重ね、この対応関係が偶然ではなく必ず成り立つことを確認しました。
ここで出てくるのが「粒子散乱のDNA」と呼ばれるようになった概念です。
たとえばDNAが「A、T、G、C」という4つの文字を組み合わせて生命の情報を作っているように、粒子の衝突結果も決まった「文字(letters)と単語(words)」に分解することで複雑な式を効率よくまとめることが可能になると判明しました。
しかも、この“文字の並び”には、まるで遺伝子暗号のような「特定の並び方は許されない」といった制限があることも分かりました。
そしてこの制限が、今回の対蹠双対性とも深く関係しているのです。
この新しい方法で計算を進めると、ある粒子の衝突結果を示す式を、文字の並び順をひっくり返すだけで、まったく別の衝突結果を示す式に変えられる場合があるとわかりました。
具体的には、「2つの粒子がぶつかって4つの粒子ができる」という計算と、「2つの粒子がぶつかって1つの粒子と別の粒子ができる」という計算が、並べ替えだけで似た形になるという驚きの事実です。
これが「対蹠双対性」の核心部分であり、「まさかこんなところで2つの反応がつながっているなんて!」と研究者たちは驚きました。
素直に信じきれなかった研究者たちの中には何千、何万というたくさんの項を比較し、何千回、何万回と再計算を繰り返しましたが、それでも対応が崩れなかったため、「これはただの偶然ではない」と確信されるに至ります。
ちょうどDNAの配列を読む順番を逆にしてみたら、まったく別のタンパク質の情報が浮かび上がる──そんなイメージを抱いていただけると、この発見の衝撃が伝わりやすいかもしれません。
つまり、粒子の衝突結果には、まだ私たちが気づいていなかった深い共通の仕組みが隠れている可能性がある、ということが示されたのです。
(※他にも「アンプリチュヘドロン(amplituhedron)」という、散乱の確率をまるでポリゴンや立体の体積のように捉える手法も開発されています。簡単には説明しきれないほど奥が深いのですが、いずれにせよ、複雑きわまりない素粒子の世界で「思いがけず同じパターンが共有されている」のを見つけたのは、とてもエキサイティングな出来事でした。)
なぜ対蹠双対性のような不思議な一致が起こるのか、どんな数学や物理法則がその根本にあるのかは、まだ十分に解明されていません。
それでも多くの研究者が「ここに新しい扉がある」と信じ、計算精度を上げたり理論を拡張したり、哲学的な視点を取り入れたりしながら、この謎を解き明かそうとしています。
もしこの先、対蹠双対性を含む“隠れた共通構造”が大きく花開けば、それは私たちの宇宙観そのものを根底から見直すきっかけになるかもしれません。
いまだ正体不明のこの“共通構造”を探る道は、素粒子物理学の冒険の中でも最もエキサイティングな領域の一つと言えるでしょう。
次はやや視点を変えて、この「深いところで理論がつながっている」ということを科学哲学の分野ではどのように考えるかを紹介したいと思います。