『全然違うはずの物理現象が全て“コピペ”!?』数式が示す不思議な二重性

素粒子物理学では、ある粒子とある粒子が衝突した結果「どのような粒子が何個生まれるのか」を調べ、その確率を数式として表すことを「散乱振幅」と呼びます。
イメージとしては、2つの玉がぶつかったときに、どんなふうに砕け散ってどんな破片が飛び出すか――その可能性を全部足し合わせるような計算だと思ってください。
この散乱振幅は、粒子の種類や力の伝わり方によって計算方法が変わり、通常は「これはこの力がはたらくからこの組み合わせ」「あちらは別の力がはたらくから、まったく違う組み合わせ」となるはずです。
たとえば「2つのグルーオン粒子を衝突させて4つのグルーオンを生成する過程」と、「2つのグルーオンが衝突してヒッグス粒子1つとグルーオン1つを生み出す過程」は、登場する素粒子が異なるため物理現象的には別物と考えられていました。
本来なら、現象を示す方程式もかなり違う形になると思われていたのです。
ちなみにグルーオンは原子核をつなぎとめる強い力の媒体であり、ヒッグス粒子は質量の起源に関係する粒子として知られています。
この2つの衝突は、「バスケボールとテニスボール」「野球ボールとピンボール」をぶつける違いとは本質的に異なります。
ボールたちはどちらも多数の粒子から構成されており、古典物理で説明できる範疇の運動をしているからです。
しかし素粒子同士の衝突は、日常的な「ボールとボールがぶつかる」話とはまったく違うレベルの現象です。
グルーオンやヒッグス粒子のような基本粒子は、その内部構造をさらに分解できない存在と考えられています。
それぞれの粒子が担う物理法則も異なるため、衝突の結果を示す方程式は通常なら全く別のものになるはずだと考えられてきました。
(※素粒子そのものが物理法則を背負っている例として、光がかかわる物理法則は光子という素粒子によって背負われています。また素粒子の質量にかかわる物理法則はヒッグス粒子、核内の強い力がかかわる物理法則はグルーオンによって背負われています)
ところが最近、スタンフォード大学のランス・ディクソン氏とその共同研究者たちは、まるで関係のないように見えた2つの散乱振幅が驚くほど似通っていることに気づきました。
最初は「そんなはずはない」「計算のバグかもしれない」と疑われたそうですが、コンピュータを使った高精度の再計算でも同じ結果が得られました。
何千、何万という複雑な項を順番に比べても、どこまでも不思議な形の対応が崩れません。
こうして「2種類の違う散乱なのに、計算式の一部が同じ構造をしている」という謎の事実が浮上し、彼らはこの現象を「対蹠双対性」と呼ぶようになったのです。
そして複数の現象が同じようにまとめられてしまう“二重性”が見つかったことで、「私たちの世界が実はもっと単純な構造をしているのではないか」「まだ明らかにされていない深いルールがあるのではないか」という新しい可能性が広がりつつあるのです。