痛みだけでなく怖さも止めるアセトアミノフェンの衝撃

研究チームは、まず複数の実験で合計500名以上のボランティアを対象に、二つのグループに分けました。
一方のグループには「痛みに効く成分入り」のアセトアミノフェンを、もう一方には「ただの水かもしれない」偽薬(プラセボ)を飲んでもらいます。
しかも、どちらを飲んだかは当の本人も、実験を担当するスタッフもわからないように工夫されています。
これは、心理的な先入観や「薬を飲んだから効いているはず」という思い込みを排除するための“二重盲検”方式です。
まるでコインを投げてAチームとBチームに分け、それぞれに“味がそっくりなお茶”を飲ませるイメージを想像すると分かりやすいでしょう。
ただし、中には有効成分が含まれているため、本当に“感情や判断力”が変化するのかを客観的に測れる仕組みです。
その後に行われた“メインイベント”が、BART(Balloon Analog Risk Task)というコンピュータ上の風船ゲームでした。
画面にはしぼんだ風船が表示され、参加者はボタンを押すごとにプシュッ、プシュッと空気を入れていきます。
風船を膨らませれば膨らませるほど「仮想のお金」がもらえますが、ある時点で突然パンッと破裂し、それまで貯めた分がゼロになるというリスクも伴うため、参加者は「どのあたりで止めるか」を自分で判断しなくてはなりません。
このタスクはあたかも薄氷の上を歩くようなドキドキを作り出すので、人がどの程度リスクをとりたがるかをビジュアルに捉えられるのです。
加えて研究チームは、アンケート調査でもリスク評価を測定しました。
たとえば「友人の秘密をSNSで暴露したら?」や「危うい投資案件に資金を全投入すると?」といったシチュエーションを思い浮かべてもらい、「どのくらい危険か」「どのくらい魅力的か」を直感的に数値化させる形式です。
こうすることで、行動面だけでなく、頭の中でのリスク認知も把握しようとしたわけです。
結果はとても示唆的でした。
アセトアミノフェンを飲んでいたグループは、そうでないグループよりも、風船をより大きく膨らませる(=リスクをとる)傾向が強い場合が多かったのです。
同時に、危険度を低く見積もる(「これくらいなら大丈夫」と思う)回答も増える傾向にありました。
ただし3つの実験のうち1つは明確な差が見られなかったため、「すべての状況でリスクが増大する」とまでは言えません。
しかし、すべてのデータを統合した解析では有意にリスク選好が高まる結果が示され、研究チームは「アセトアミノフェンを服用していると危険度を控えめに見積もる→もう少し続けても平気と感じる→風船が割れるリスクが増す」という連鎖を指摘しています。
この研究のどこか革新的だったのか?
第一に、世界で広く使われる鎮痛薬が脳や心の深い部分にある“怖さ”の感覚へ影響し、行動を左右している可能性を実験的に示した点です。
第二に、BARTなどのユニークな課題を使うことで、単なるアンケート結果の推測ではなく“実際にどれだけ危険な行動をとるか”を可視化できたことが大きな特徴です。
さらに、偽薬との比較を行う二重盲検という厳密な方法で、「アセトアミノフェンだと知っているから大胆になる」という思い込みの影響を排除した点も評価されます。
こうした複数の実験を総合し、「誰にでも身近な鎮痛薬が、私たちのリスク選好をわずかに増幅させるかもしれない」という疑問が浮かび上がりました。
研究者たちは「アセトアミノフェンを使うな、という話ではなく、こうした心理的影響があることを知ったうえで、意思決定に臨むことが大切」とコメントしています。
今回の結果は今後の議論をさらに活性化させる強い材料となるでしょう。