なぜ人は悲劇を求めるのか?
美術館で戦争を描いた絵画や彫刻の前に立ちすくみ、じっと魅入る人。
こうした光景は決して珍しいものではありません。
一見すると、苦しみや悲しみを描いた芸術作品は、私たちの心に重たい感情をもたらしそうですが、実際にはなぜか多くの人がこうした作品に強く惹かれる傾向があります。
心理学ではこの現象を“悲劇のパラドックス”とも呼び、古代ギリシャの悲劇作品から現代の社会問題をテーマにしたアートまで、時代や文化を超えて人々が悲しい物語に魅了されてきた理由として知られています。
悲劇をテーマにした有名な芸術作品としては、例えば、
・スペイン内戦中のバスク地方の爆撃を描いたパブロ・ピカソの『ゲルニカ』
・ナポレオン軍によるスペイン人処刑の瞬間を描いたフランシスコ・デ・ゴヤの『1808年5月3日、マドリード』
などがあります。

これまでも、悲劇的な作品は鑑賞者に「感動」や「共感」をもたらすとされてきましたが、その感情がどのような心理的効果を生むのかは具体的によくわかっていませんでした。
また、ポジティブな感情を求める現代社会において、あえて辛い作品に触れようとする行動は、合理的に説明しにくい側面もあります。
研究チームはこうした疑問に対し、「人は感情的に困難な芸術体験を通じて、むしろ心理的に充足感を得ることがあるのではないか」との仮説を立て、実験的に検証することにしました。
研究主任のジェニファー・E・ドレイク(Jennifer E. Drake)氏はこう説明しています。
「最も偉大な芸術作品の多くは、人間の痛みや苦しみを描いています。
私たちは日常生活で悲劇を避けようとする一方で、なぜかそうした悲劇的な芸術作品には惹かれてしまいます。
今回の研究では、なぜ私たちはこうした作品に惹かれるのか、そしてそれを鑑賞することで予期せぬ恩恵があるのかを検証しました」