史上初の『ブラックホール爆弾』を研究室内で作成することに成功
史上初の『ブラックホール爆弾』を研究室内で作成することに成功 / Credit:M. Cromb et al . arXiv (2025)
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史上初の『ブラックホール爆弾』を研究室内で作成することに成功

2025.04.28 17:00:12 Monday

宇宙の中でも特に強大な存在であるブラックホール。

その回転エネルギーを取り出す理論的な方法として「ブラックホール爆弾」と呼ばれる現象があります。

これは、ブラックホールの周囲に閉じ込められた波動がエネルギーを増幅し続け、ついには爆発的に放出されるという奇想天外なアイデアです。

ですがこれまで、このブラックホール爆弾のアイデアの実証はかなり困難だと考えられてきました。

ところが今回イギリスのサウサンプトン大学(UoS)で行われた研究によって、このブラックホール爆弾に相当するエネルギーの暴走現象が、史上初めて地上の研究室で実現されました。

実際の実験では入力ゼロの状態でも熱雑音レベルのわずかなゆらぎが指数関数的に増幅し、やがて指数関数的に電磁エネルギーが蓄積されていく様子が示されています。

量子真空ゆらぎや暗黒物質の探索につながる実験手法としても期待されますが、その仕組みの核心とは何でしょうか?

研究内容の詳細は2025年3月31日に『arXiv』にて発表されました。

Creation of a black hole bomb instability in an electromagnetic system https://doi.org/10.48550/arXiv.2503.24034

半世紀の夢「回転エネルギー泥棒」の正体

半世紀の夢「回転エネルギー泥棒」の正体
半世紀の夢「回転エネルギー泥棒」の正体 / Credit:Canva

ブラックホールは強力な重力エンジンのような存在ですが、「そこからエネルギーを取り出せないだろうか?」という問いは古くから物理学者を魅了してきました。

その一つの答えが、英国のロジャー・ペンローズによる1969年の提案です。

ペンローズは回転するブラックホールの周囲で「エルゴ領域」と呼ばれる時空の引きずり込み領域に物体を投げ込むことを考えました。

うまくいけば、物体は二つに分かれ、一方がブラックホールに落ちる際に負のエネルギーを持ち去り、もう一方が追加のエネルギーを得て飛び去る――つまりブラックホールの回転エネルギーの一部を奪い取ることができるはずだ、と予想したのです。

難しそうに思えますが、回転する大きなコマの上にBB弾を落とすと、BB弾にコマの回転力が伝えられて「パチン」と勢いよくはじけ飛ぶのと似ています。

BB弾はコマからエネルギーを貰い、コマはそのぶんエネルギーを失います。

最も簡単なイメージは回転するコマと弾き飛ばされるBB弾です。
最も簡単なイメージは回転するコマと弾き飛ばされるBB弾です。 / 最も簡単なイメージは回転するコマと弾き飛ばされるBB弾です。厳密な比喩ではありませんが、回転する物体からエネルギーを得る様子がわかります/Credit:clip studio . 川勝康弘

回転コマをブラックホールに置き換え、BB弾を投げ込むとすると、BB弾はエルゴ領域に入った瞬間、パチンと二つに割れることになります。

そして片方のかけらはブラックホールにのみ込まれ、回転エネルギーを“借金”として抱えたまま内部へ沈みます。

もう片方は、回転する時空の「反発バネ」に弾かれて元より速く飛び出し、奪ったエネルギーをそっくり外へ持ち出す――これがペンローズ過程のイメージです。

この場合も、BB弾の加速したぶんだけ、ブラックホールのエネルギーが失われます。

つまり理論的には、ブラックホールに何かを落とすだけで、その何かが加速力というエネルギーを受けることができるわけです。

もし加速するほうに糸なりなんなりを結び付けて発電機につなげば、ブラックホールに物を落とすだけで発電が可能になります。

(※時空が引きずられる領域から脱出するのは極めて困難ですが、理論的にはあり得ます)

このエネルギー取り出しプロセスはペンローズ過程と呼ばれ、理論上ブラックホールの質量エネルギーの最大20%程度(より正確には21%程度)まで抽出可能だとされます。

つまりブラックホールを原動力とする最も原始的な「縮退炉」になるわけです。

さらに物質ではなく波(や電磁波)でも似たことが起こり得ます。

ただ増幅が起きるのは、ブラックホールが自転する速さよりも“ゆっくり回る波”を当てたときです。

簡単に言えば、波がブラックホールの回転ベルトに乗って「おんぶ」してもらえるくらい遅いと、ベルトから力をもらってどんどん大きくなります。

この散乱増幅現象を超放射(スーパーレディアンス)と呼びます。

音で例えるならば、回転する装置に音波を注ぎ込むと「音の高さ(周波数)はそのまま」で「音の大きさ(エネルギー)が増幅された」音が返ってくることがあります。

これは、装置が自分の回転エネルギーを音に与えた結果といえます。

このようにブラックホールから回転力を奪うことで、理論上はエネルギーを獲得できるのです。

とはいえ、ペンローズ過程や超放射で一度に取り出せるエネルギーには限りがあります。

そこで理論家たちは「もっと劇的にエネルギーを引き出す方法はないか?」と発想を飛躍させました。

その一つが1972年にPressとTeukolskyによって提唱されたブラックホール爆弾のシナリオです。

これは、回転ブラックホールの周囲を完全反射する鏡(または閉じ込めの場)で囲めばどうなるか、という思考実験でした。

ブラックホールに投げ込んだ光(電磁波)がエネルギーを増幅され出ててきたところを、鏡で反射して再度ブラックホールに投げ込み、さらに大きなエネルギーとして取り出し、それをさらに反射して……という感じです。

まるで増幅し合うフィードバックのループが暴走し、ついには鏡が耐えきれなくなって「爆発」するか、ブラックホールの回転エネルギーが尽きて暴走が止まるまで続くでしょう。

光は質量を持ちませんが運動量を持つので、ブラックホールと鏡の間には最高でブラックホールの質量の役20%ものエネルギーが蓄積されることがあります。

ブラックホールの質量がとんでもなく大きい場合、蓄積されるエネルギーの量も莫大になり、爆弾として協力無比なものになるでしょう。

この極端な仮想実験が「ブラックホール爆弾」と呼ばれるゆえんです。

言い換えれば、「ブラックホールをエネルギー源とした究極の爆弾装置」が理論的には可能かもしれない、というわけです。

もしSFなどの設定に利用するなら、銀河中央にあるブラックホールを巨大なブラックホール爆弾に変えて兵器とする……といった感じでしょう。

しかし実際の宇宙でブラックホール爆弾を起こすのは容易ではありません。

完璧な鏡でブラックホールを囲むなど現実にはあり得ませんし、たとえ似た状況(例えばブラックホール周囲に粒子や場が閉じ込められるような場合)があっても、観測が難しいからです。

それでも、この超放射の暴走メカニズムは宇宙物理や量子物理にとって非常に興味深い現象でした。

もし実験室でこの現象を再現できれば、ブラックホールを使わずにその物理の一端を直接検証できることになります。

そこで着目されたのが、1971年にソビエト連邦のヤコブ・ゼルドビッチが提唱したある理論です。

ゼルドビッチは「回転する金属円筒」を用いて、ブラックホールのエネルギー放出現象を地上で再現できるかもしれないと考えました。

彼の計算によれば、円筒のコマがある角速度で回転しているとき、特定の性質(角運動量)を持つ電磁波を当てると、コマから回転力を奪って反射波が強められるというのです。

条件はシンプルで、波の周波数が円筒の回転よりも十分低ければ増幅が起こると予言されました。

これはブラックホールにおける超放射のアナロジーであり、ゼルドビッチ効果または回転超放射と呼ばれます。

いわば回転する物体が自転エネルギーを削って波にエネルギーを与える現象です。

ゼルドビッチの予言は斬新でしたが、一つ大きな問題がありました。

当時の試算では、この効果が観測できるほど顕著になるためには円筒を光速に迫るような超高速で回転させる必要があると考えられたのです。

これは技術的にほぼ不可能です。

そのため長らく誰も実証できずにいました。

しかし近年になって、このゼルドビッチ効果を間接的に確かめる実験的進展がいくつか現れます。

例えば2020年には音波(音のねじれた波)と回転する円盤を使ってエネルギー増幅を確認する「音響版ゼルドビッチ効果」の実験報告がなされました。

音波は光よりずっと遅いため、比較的ゆっくりした回転でも条件を満たせたのです。

また低周波の電磁波と回転体を組み合わせた研究で、見かけ上の「負の抵抗」(エネルギー供給側に回る現象)が観測された例もあります。

しかし肝心の正味の信号増幅や自発的な波の生成(入力なしで波が生まれる)といった決定的な証拠は、これまで得られていませんでした。

こうした背景のもと、サウサンプトン大学やグラスゴー大学などからなる研究チーム(著者ら)は、満を持して電磁波によるゼルドビッチ効果の本格実証に挑みました。

しかも単に増幅させるだけでなく、ブラックホール爆弾のような暴走的フィードバックを引き起こすことが最終目標としました。

筆頭研究者のマリオン・クロムブ氏は「改良によって『ブラックホール爆弾』に似た状況――つまり増幅が正のフィードバックとなって回路内の出力が指数関数的に跳ね上がる現象を実現したい」と述べていましたす。

果たして理論は果たして現実のものになったのでしょうか?

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