ブラックホール爆発が実験室で実現

研究チームの実験装置は、一見すると電気モーターのようにも見えるシンプルなものです。
中心にはアルミ製の円筒ローターがあり、高速で回転させることができます。
その周囲には3つの電磁コイルが120度間隔で配置され、可動部分のないステータ(固定子)として機能します。
これらコイルに交流電流を流すことで、ローターの周囲に回転する磁場を作り出せます。
簡単に言えば、コイルから発生する電磁波に「ねじれ」(角運動量)を与え、一方向(ローターの回転方向)に回るモードを作り出すのです。
これはブラックホールに入射する回転する光を模したものと考えることができます。
またコイルとフェライト磁心、配線は共振回路を構成しており、特定の周波数の電磁振動を溜め込みやすくなっています。
これはブラックホール爆弾シナリオにおける「鏡」に相当し、増幅された波が逃げずに系内を何度も周回できるようにするための工夫です。
以上が装置の概略で、確かに「驚くほどシンプル」ですが、その裏には緻密な調整と工夫が凝らされています。
では、この装置でどのような現象が起きるのでしょうか。
ローターが静止しているとき、コイルにエネルギーを与えても多くはローターによる損失(渦電流損など)として吸収されてしまい、特に面白いことは起きません。
しかしローターを高速回転させると状況が一変します。
回転によってコイルの交流磁場はローター側から見るとドップラー効果で周波数が下がって見えるため、ある臨界速度を超えるとローターが磁場のエネルギーを吸収するどころか逆にエネルギーを与え始めるのです。
たとえば本来なら10ヘルツの交流磁場を出しているコイルがあったとしましょう。
ところが、ローターがぐるぐる回転している視点から眺めると、ドップラー効果のせいでその10ヘルツが、たとえば8ヘルツやあるいは20ヘルツのように周波数が変わって見えることがあります。
そして、この“見かけの周波数”がある臨界値を越えると、ローターはもはや磁場エネルギーを吸い込む側ではなく、逆に自分の回転エネルギーを磁場に与え始めるのです。まるで、受け身だったはずのローターが、ある速度に達した途端に「こちらからも力を送り返すぞ!」と方針を変えるようなイメージです。
いわばローターが増幅器に豹変するわけです。
この臨界条件こそゼルドビッチが示した増幅の条件で、実験では回転数で表すと毎分約7万回転前後(※仮の値)に相当しました。
クロムブさんは「円筒が電磁波を増幅に転じるには、円筒の回転速度が電磁波の回転(周波数)を上回る必要があります」と説明しています。
実際チームは、ローターの回転速度を変化させたとき電磁回路から取り出せるパワー(出力)がどう変わるか精密に測定しました。
その結果、ローターの回転が十分に速い条件では、回路の出力信号が明らかに強まる(増幅される)ことを確認しました。
「私たちは回転速度を変えつつ回路内のパワーを測定しましたが、円筒が十分速く回転したときに確かに出力が増幅されることを観測しました」とクロムブさんも述べています。
このように、まずゼルドビッチ効果によるエネルギー増幅の直接検証が成し遂げられたのです。
さらに注目すべきはここから先の現象です。
研究者たちは共振回路の損失を極力小さく抑える工夫をし、ローターから得たエネルギーが回路内にできるだけ蓄えられるよう調整しました。
ブラックホールを覆う鏡のような仕組みを回路で再現したわけです。
その状態でローターを臨界以上の速度で回転させると…起きました!
何も入力していないのに、回路内にわずかに存在する熱雑音や電気ノイズといった微小なゆらぎがタネとなり、回路の振動(電磁波)が自発的に成長を始めたのです。
増幅された電磁振動は共振ループ内をぐるぐる回り、ローターからさらにエネルギーを引き出してはますます振幅を大きくしていきました。
その増大ぶりはまさに指数関数的で、時間が経つにつれて信号強度が雪だるま式に急上昇していきます。
グラフ上では明確な指数関数カーブが描かれ、理論が予測していた「ランナウェイ(暴走)」増幅の特徴を示しました。
発振している振動の周波数もローターの減速に伴って少しずつ低下し、やがてあるところで増幅がピタリと止まりました。
この時点でローターの回転は初期より十分遅くなっており、もう増幅の条件を満たさなくなったためです。
つまりローター自身がエネルギーを吸い尽くされてしまったわけです。
実際、出力の成長に合わせてローターの回転速度がわずかに落ちていく様子も観測されており、回路内に取り出されたエネルギーがローターの運動エネルギーから供給されていた確かな証拠となりました。
「指数関数的に成長する信号とそれに対応したローターの減速」という現象は、まさにブラックホール爆弾理論が示す振る舞いそのものです。
ブラックホール爆弾の場合も、ブラックホールの回転が鈍れば超放射の条件が崩れて増幅が止まると予想されており、今回の実験はそのアナロジーを忠実になぞってみせたのです。