なぜ1%と信じられたのか?

ヒトとチンパンジーは遺伝的にほとんど同じ──。
この考え方の象徴が「わずか1%の違い」という数字でした。
1970年代から2000年代にかけて行われた分子生物学的比較では、ヒトとチンパンジーのDNA配列の98~99%が一致することが報告され、長年にわたり広く引用されてきました。
実際、2005年にチンパンジーのゲノム概要配列が初めて発表された際にも、一塩基レベルで見たヒトとの差異は約1.2%に過ぎないと強調されました。
しかし、この「1%」という数字には重要な前提と限界がありました。
それは「比べられる部分(揃って配列が読めた部分)のみを比較した値」であるという点です。
つまり、当時の技術では解読が難しく比較から除外されていたゲノム領域が多数存在し、それらを考慮に入れていなかったのです。
ヒトや大型類人猿のゲノムには、大量の反復配列や複雑な構造を持つ領域(セントロメア〔動原体:細胞分裂時に染色体を引っ張る糸が付く領域〕や、同じ配列がまとまって繰り返すセグメンタル重複領域など)が含まれます。
従来のシーケンス技術ではこうした領域を正確に読み解くことが難しく、解析から漏れて“空白”となっていました。
(※空白となった部分では実に数100 Mb規模が解析不能となっていました)
そのため、これまでのヒトとチンパンジーの比較研究は、主に解析しやすい部分(全ゲノムの大部分を占めるものの、構造が単純な領域)に限られており、ゲノムの「見えていない部分」にどれほど差があるかは不明のままだったのです。
今回の研究は、この「見えていない部分」まで含めてヒトと類人猿のゲノムを比較し直すことを目的として行われました。
米国ワシントン大学やペンシルベニア州立大学、国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)などからなる国際チームが、最新の長鎖DNAシーケンサーと高度な組み立てアルゴリズムを駆使することで、大型類人猿のゲノム解読に長年立ちはだかってきた技術的障壁を打ち破ったのです。
ペンシルベニア州立大学のカテリーナ・マコヴァ教授は「本研究は比較ゲノム研究における画期的成果であり、これまで未完成なゲノムしか扱えなかったためにできなかったゲノム進化の全貌を、初めて詳細に把握できるようになったものです。
今回得られた6種のゲノム配列は、今後のヒトと類人猿の進化研究の確固たる基盤となるでしょう」と述べています。