【光あれ】無から“光が生まれる”瞬間を世界初3Dシミュレーションで再現
【光あれ】無から“光が生まれる”瞬間を世界初3Dシミュレーションで再現 / Credit:Computational modelling of the semi-classical quantum vacuum in 3D
quantum

【光あれ】無から“光が生まれる”瞬間を世界初3Dシミュレーションで再現

2025.06.11 21:00:23 Wednesday

神は言われた。「光あれ。」すると光があった。

イギリスのオックスフォード大学(Oxford)で行われた研究によって、電子も原子も存在しない「無」と言える“真空”に三本の超高出力レーザーを交差させると、そこから新たな光が出現する様子を理論的示すことに成功しました。

この研究により量子電磁力学が予言してきた「光が無から現れる」現象が世界で初めて三次元かつリアルタイムでシミュレーションされ、近く稼働する20〜100ペタワット級レーザー施設での実証に具体的な設計図になると期待されます。

私たちは本当に“無に火を灯す”瞬間を目撃できるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年6月5日に『Communications Physics』にて発表されました。

Computational modelling of the semi-classical quantum vacuum in 3D https://doi.org/10.1038/s42005-025-02128-8

真空は結晶として働ことができる

真空は結晶として働ことができる
真空は結晶として働ことができる / 図は真空で起こる四波混合実験を “真上から見た見取り図” として描いた模式図です。画面に描かれた4本の矢印はそれぞれ光の進む向きと波長を示すベクトルで、緑色の k₁ と k₂ が波長 0.5 µm の2本の入力レーザー、赤色の k₃ が波長 1 µm の3本目の入力レーザーを表します。3本がX–Y平面内で互いに 60 度ずつずれた角度で交差するよう向けられており、その交点(図の中央)が量子真空の“舞台”になります。ここで3本の電磁波が重なった瞬間、仮想粒子が分極して真空が非線形媒質と化し、エネルギーと運動量のつじつまを合わせるかたちで4本目の矢印 k₄ が誕生します。紫で示された k₄ は波長 0.3 µm の紫外線パルスで、他の3本とは明確に別方向へ飛び出すため、この光だけを検出器で拾えば「無から光が生まれた」証拠を一目で区別できることになります/Credit:Computational modelling of the semi-classical quantum vacuum in 3D

「真空」と聞くと何もない空間を思い浮かべがちですが、実は量子論の世界では真空は決して“無”ではありません。

真空は絶えず微小なエネルギーが揺らいでおり、その中から電子と陽電子の仮想粒子ペアが瞬間的に生まれては消えるという動的な状態(量子真空)だと考えられているのです。

量子電磁力学(QED)によれば、この仮想粒子たちのおかげで真空自体にわずかながら非線形性……つまり「入ってきたの強さに比例して真空の応答が増える」だけでなく、「強い光ほど応答が跳ね上がる」性質を帯びます。

この非線形性のおかげで、強力なレーザーを当てると、光そのものが真空を“媒介”として別の光に影響を与えられる可能性が予言されてきました。

通常ならば光と光を正面衝突させてもほとんど何も起きず互いにすり抜けてしまうのですが、真空自体が変質(分極)し光同士が相互作用になるのです。

要するに、レーザー光が十分に強ければ仮想粒子の雲が偏り、真空が光学結晶のような非線形媒質として振る舞うため、ふだんはすり抜ける光子同士がわずかに散乱したり新しい光が生まれたりするようになるのです。

例えば、超高強度のレーザー光を複数本クロスさせることで真空中の仮想電子・陽電子ペアが分極し、その結果として新たに別の光(光子)が生み出される現象が起こり得ます。

これは「真空四波混合(vacuum four-wave mixing)」と呼ばれる現象で、3本の光の複合電磁場によって4本目の光が生成されるという、文字通り“何もない所から光が現れる”量子の魔法のようなものです。

この現象はある意味で、空っぽのはずの真空が“見えないレンズ”のように働き、その中で光の粒どうしがぶつかり合って、そこからまったく新しい光が生まれるイメーと言えるでしょう。

(※真空があたかも結晶のように振る舞い、光の粒である光子同士が真空の非線形性を介して相互作用し、新たな光を生成するイメージです。)

真空がレンズのような結晶になるとは?

普段の真空はスケートリンクのようなつるつるの床だと考えてみてください。氷の上ですれ違うスケーター同士が互いに影響を与えないように、普通の光は真空中で出会っても何事も起こさず通り抜けていきます。

これが「光同士は基本的に干渉し合わない」という“線形”な世界です。

一方で、水晶などの結晶の中では床に細かな起伏があり、スケーター同士が近づくと床がたわんで転び方が変わり、2人の動きが影響し合います。するとレーザーを結晶に入れて“新しい色の光”が作られる現象、つまり非線形光学現象が起こります。

今回はこれと同じことが真空でみられたのです。

実は、量子論の目で見ると真空の床は完全な平面ではなく、電子と陽電子が一瞬だけ生まれては消える“泡”が絶えず揺らいでいるため、ごくわずかにたわむ可能性があります。そこでペタワット級という桁外れに強力なレーザーパルスを三本同時に撃ち込むと、この床(真空)がぐにゃりと歪み、まるで見えないレンズように働き始めます。その歪みを介して光子同士がエネルギーと運動量をやり取りすると、帳尻を合わせる形で四本目の光子束が別の色と方向で現れます。

あり得ないほどの強力なエネルギーによって空間がレンズになってしまって、本来ならば相互作用しないはずの光たちが、お互いにエネルギーをやり取りするようになってしまい、そのエネルギーのやり取りの「おつり」として新たな光子が真空から出現する…という感じです。

あるいは、透きとおった水面に三つの波を同時に立てたところ、重なり合った部分から思いがけない角度へ高い飛沫が跳ね上がるような光景を想像していただければ、この「真空の非線形性を経由して新しい光が生まれる」仕組みを感覚的につかめるはずです。

しかしこのような光子同士の直接的な相互作用(光子-光子散乱)は、日常の強度の光では全く無視できるほど微弱であり、長らく机上の理論に留まってきました。

実際にこの現象を確認するには、ペタワット級(1ペタワット=1千兆ワット)の超高出力レーザーを複数同時に真空中で交差させる必要があり、技術的ハードルが非常に高かったのです。

しかし近年になってようやく、英国(Vulcan 20-20)や欧州(ELI)」、中国(SEL)、アメリカ(OPAL)において次世代の超大型レーザー計画が動き始めており、世界各地でこの光子-光子散乱を初めて実験的に確認しようという試みが計画されています。

特にアメリカのOPALでは、この現象の検出が最優先の旗艦実験テーマの一つに選ばれているほどです。

こうした背景の中、オックスフォード大学の研究チームは、実験に先立ちシミュレーションによって「真空から光が生まれる」現象の詳細を可視化し、理論と実験の架け橋となる知見を提供することを目指しました。

果たして量子電磁力学が予言してきた「光が無から現れる」現象は確認できたのでしょうか?

次ページ3本レーザーが“無”を照らすと真空が発光した

<

1

2

3

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

Amazonお買い得品ランキング

スマホ用品

量子論のニュースquantum news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!