3本レーザーが“無”を照らすと真空が発光した

量子電磁力学が予言してきた「光が無から現れる」現象は確認できるのか?
答えを得るため研究チームは最新の計算物理モデルを駆使し、コンピュータ上でこの現象のバーチャル実験を行いました。
用いたのはプラズマ物理シミュレーションで定評のある「OSIRIS」というソフトウェアを改良したものになります。
現代物理のシミュレーションはバカにできない
「シミュレーション」と聞くと、ゲームのような〝仮想映像〟を思い浮かべて半信半疑になるかもしれません。けれど今回の研究で使われた OSIRIS というコードは、20 年以上にわたり世界中の実験現場で鍛え上げられてきた本格派です。例えるなら、最先端の気象モデルが明日の雨をかなりの精度で当てるのと同じで、OSIRIS は光と粒子の動きを支配する教科書どおりの方程式を、髪の毛の太さの何万分の一という細かさで計算し続けるスーパーコンピューター版の「物理予報士」と言えます。このコードは過去二十年以上、実際のレーザー実験で電子を加速したり核融合の燃料を圧縮したりする場面で先に結果を当て、そのあと本当に同じ数値が測定された例など驚異的な“的中率”の実績を積み重ねてきました。たとえばレーザー・ウェイクフィールド加速では、Nature に掲載された 100 MeV〜1 GeV 電子ビームの生成実験を事前に“そっくり再現”し、後に測定値と誤差範囲で合致したことが報告されています。こうした検証を重ねた OSIRIS は、LLNL のスーパーコンピューター「Sequoia」で 150 万コア規模にスケールし、実際の物理現象を分単位で追いかける性能と信頼性を示しました。つまり今回の真空シミュレーションは、現実を後追いする映像ではなく、これまで実験で確かめられた理論と同じ方程式を“未来の条件”に適用しているに過ぎません。風洞試験の代わりに数値流体力学を使って航空機を設計するのと同じように、OSIRIS の計算は「まだ誰もやっていない実験」を安全に先取りし、装置の配置やレーザーのエネルギーをミリ単位・フェムト秒単位で事前に最適化する信頼できる羅針盤になっているのです。
シミュレーションでは、真空空間に波長0.5 µm(緑色〜シアン域)の高強度レーザー光2本と、波長1 µm(近赤外域)のレーザー光1本を互いに交差するよう照射し、その焦点領域で何が起こるかを追跡しました。
その結果、仮想粒子だらけの量子真空が強烈な光の場によって分極され、ごくわずかながら光子同士が散乱を起こして、新たに4本目の紫外線パルス(約0.33 µm)が特定の方向に飛び出す様子が確認されたのです。
つまり3本のめちゃくちゃに強いレーザー光をクロスさせたら、真空から想定外の光の束(パルス)が出てきたわけです。
シミュレーションによる予測は既存の理論モデルとも整合しており、現象の起こり方を時間的・空間的に“スローモーション観察”できたことで、研究チームは自信を持って実験に臨めるとしています。
さらに研究チームは計算結果を解析し、仮想的に発生した4本目の光の強度や空間分布、発生までのタイムスケールなどを定量的に調べました。
すると興味深いことに、レーザービームの配置に微妙なずれ(非対称性)があると生成される光の形状にゆがみ(いわゆる乱視的な歪み)が生じることも突き止めました。
筆頭著者でオックスフォード大学大学院生のジシン・ザンさんは、この成果について「私たちのプログラムによって、それまで手が届かなかった量子真空内の相互作用を、時間分解能付きの3次元ウィンドウとして覗き見ることができます」と説明しています。
言い換えれば、本シミュレーションにより真空で起こる不可思議な現象の一部始終を可視化でき、理論上“見えない”はずの過程を丸ごと解析できるようになったのです。
このようにして得られた知見は、実験家が適切なレーザー光の形状や強度・タイミングを設定し、微かな信号を検出するための手掛かりとなるでしょう。