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平和の宗教が「仏教原理主義過激派」に変貌する原因を解明 (2/3)

2025.06.11 22:00:02 Wednesday

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“平和の宗教”が戦闘モードになる瞬間

“平和の宗教”が戦闘モードになる瞬間
“平和の宗教”が戦闘モードになる瞬間 / Credit:Canva

研究チームはまず仏教徒多数国における宗教暴力の実態を数量的に調べ、さらに代表的なケースとしてミャンマー、スリランカ、タイ、シンガポールの詳細な事例研究を行いました。

その結果浮かび上がったのは、「仏教と国家が密接に結びついている国ほど仏教徒による暴力が起きやすい」ということが統計的に示されました。

サイヤ氏らはこの現象を「特権のパラドックス」と表現しています。

つまり、本来は非暴力を説く仏教が、国家から特別扱い(特権的な地位)を与えられると逆に暴力を誘発してしまうという逆説です。

具体的には、国教やそれに準ずる形で仏教を優遇する政府のもとでは、一部の強硬派僧侶や仏教徒グループが自らを“宗教の守護者”たる自警団とみなし、少数派住民に対する差別や攻撃を正当化しやすくなることが分かりました。

国家が仏教を庇護・推進する姿勢を見せることで、過激派は「政府のお墨付きがある(お咎めはない)はずだ」と感じ、異教徒や少数派に対する暴力行為に踏み切りやすくなるのです。

実際、ミャンマーでは政府が憲法で「仏教の特別な地位」を規定し、強硬派僧侶の集団がイスラム系少数民族に対する排斥運動を公然と展開しました。

仏教至上主義を掲げる僧侶たちは、自らを「仏教国家を守る正義の団」と称してモスクの焼き討ちや住民への集団暴行を扇動し、多数の死傷者と難民を生み、当局も当初は十分にこれを取り締まりませんでした。

その結果、2010年代にはロヒンギャ危機と呼ばれる大量虐殺・難民発生という悲劇に至ったのです。

スリランカでも政府が「仏教に最も尊い地位を与える」と憲法で定め、多数派シンハラ仏教徒の民族宗教ナショナリズムが助長されてきました。

その下地のもとで仏教強硬派グループが台頭し、内戦終結後の近年にはイスラム系やキリスト教系の少数派住民を狙った暴動(寺院や教会の破壊、殺傷事件など)が繰り返し起きています。

タイも2017年憲法第67条でテーラワーダ仏教の保護を明記し、事実上多数派仏教を国のアイデンティティに位置付ける傾向があり、長引く南部の宗教紛争では仏教徒住民とイスラム教徒住民の対立が深刻化しました。

こうしたケーススタディから浮かぶ結論はシンプルです。

「国家が仏教を優遇すると、その特権意識が過激派に“お墨付き”を与え、暴力の引き金になる」ということです。

研究者たちは「宗教優遇策には暗い影の部分があり、それが多数派の自警団に少数派攻撃の口実を与えてしまう」と述べています。

優遇されている側の過激な僧侶や民間人は、自らの暴挙を「国家と仏教を守るための正当な行動」と主張しますが、その結果、生じるのは社会の分断や秩序の破壊です。

実際、ミャンマーやスリランカでは政府自身が煽った宗教対立が手に負えなくなり、後になって沈静化を図ろうとする事態に陥りました。

統計モデルでは、国家の“仏教優遇スコア”が1ポイント上がるごとに、暴力事件が 31~56 % 増えると推定されています。

仏教優遇スコアとは?

研究チームが使った 「仏教優遇スコア(Buddhist Favoritism Score)」 は、以下の8 つのチェック項目が当てはまるごとに1ポイントプラスされ、合計 0〜8 点で判断されます。点数が高いほど「国家と仏教の蜜月度」が強いことを示します。

1.  憲法が仏教を優遇される宗教として認めている

2.  仏教に他宗教には与えられていない特権がある

3.  政府が仏教に資金やその他で明らかな優遇措置をしている

4.  政府が教育において仏教に明らかな優遇措置をしている

5.  政府が仏教の宗教的財産に明らかな優遇措置を提供している

6.  政府が教育や財産以外の仏教の宗教的活動に明らかな優遇措置をしている

7.  公立学校で仏教の宗教教育が義務付けられている

8.  政府が法的判断で仏教の権威、経典、教義を何らかの形で採用している

研究ではこの簡易な判断であっても-3 σ 〜 +3 σ 程度の分布が得られ、回帰分析で十分なばらつきが確保できることが示されました。

一方、国家がどの宗教も特別扱いしない場合には、同じ仏教徒多数の社会でも暴力の芽が大きく抑えられることも明らかになりました。

シンガポールはその顕著な例です。

シンガポールは人口の3割以上が仏教徒という国ですが、政府は建国以来一貫して政教分離と全宗教の平等を厳格に守ってきました。

憲法第12条で「宗教を理由とする差別の禁止」を、第15条で「信教の自由(いかなる宗教でも信仰・実践し布教する権利)」を保証し、実際に政府はどの宗教にも公式な優先権を与えず、厳格な政教分離と監督制度で横並びを維持しています。

また宗教ではなく「シンガポール国民」であることを共通のアイデンティティと位置づけ、多民族・多宗教社会の調和を図っています。

その結果、驚くべきことにこれだけ宗教的多様性に富む小国で深刻な宗教対立が生じることなく、むしろ宗教間の平和と安定が保たれているのです。

統計的にもシンガポールでは宗教に関連する社会的敵対行為が非常に低い水準にあり、多くの国民が「多様性が社会を豊かにする」と感じています。

このように国家が特定宗教を優遇しない環境では、仏教徒が暴力に走る動機も正当化も生まれにくいことが実証されたのです。

次ページ宗教を守るはずが社会を壊す――特権政策のブーメラン

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