たった1粒の光が原子2つを同時に叩いた瞬間

では、研究チームはどのようにして「1光子で2原子同時励起」を実現したのでしょうか?
鍵となったのは、「超強結合」と呼ばれる特別な条件を満たす超伝導回路を作ることでした。
実験では、アルミニウム製の小さなループなどからなる二つの超伝導人工原子(超伝導量子ビット)と、一つのマイクロ波共振器(LC共振回路)を組み合わせた回路を作製しました。
ポイントは、この二つの人工原子を一つの共振器に極めて強く結合させる設計にあります。
光(共振器内の光子)と人工原子との結合強度が非常に大きい領域を「超強結合領域」と呼び、一般には光子のエネルギーの10%を超える結合エネルギーがあるとその領域に入ると定義されます。
理論提案では「結合強度が光子エネルギーの約10%あれば現象が見える」とされていましたが、実際の回路では人工原子同士が直接作用する効果も無視できません。
この直接相互作用は、光子との結合効果を弱めてしまうことが今回明らかになりました。
そこで研究チームは設計を工夫し、結合強度が光子エネルギーの約67~69%にも達する超強結合回路を実現しました。
このように飛び抜けて強い結合状態に調整することで、二つの人工原子が直接相互作用していても「1光子で2原子励起」の現象が起こりうる条件を満たすことに成功したのです。
その結果、二つの人工原子を一つの共振器に超強結合させることに世界で初めて成功しました。
研究チームはこの特殊な回路のエネルギー状態を詳しく測定し、新たに構築した理論モデルと比較しました。
その第一の成果として、測定データと理論モデルがよく一致し、超強結合状態の振る舞いを正確に記述できることを確認しています。
これは、二つの人工原子と光子が強く結びついた系をきちんと制御・理解できていることを示す重要なステップです。
そして第二の成果こそが、本命である「1光子で2原子を同時励起する現象」の直接的な観測でした。
研究チームは、人工原子や共振器の周波数を掃引しながらエネルギー準位(スペクトル)を測定することで、この現象のサインを探しました。
その結果、ある条件下で「gg1」という状態と「ee0」という状態がエネルギーを交換して振動していることを示すスペクトルの変化を捉えたのです。
ここでgg1とは「両方の原子が基底状態(g)で、光子が1個ある状態」、ee0とは「両方の原子が励起状態(e)で、光子が0個の状態」を意味します。
通常であれば、この二つの状態は直接行き来できないためエネルギー図上では交差してしまいます。
しかし実験では交差が避けられエネルギー準位が避けて裂ける(反交差する)現象が見られました。
これはgg1とee0が強く結合し混ざり合っている証拠です。
言い換えれば、「1個の光子が消えて2個の原子が同時に励起する」過程と、その逆の「2原子が同時にエネルギーを落として1個の光子を放出する」過程が、実際に起きていることを意味します。
この反交差の観測によって、1光子で2原子を励起できるという量子力学の予言が実証されたのです。