人気者ほど知らない誰かの一言が、無視できない理由

2つの実験は「仲間外れ」と、まったく接点のない見知らぬ他人の「否定的な表情」というまるで異なる状況に対して、同じ2つの脳領域が反応していました。
これは脳が、異なる2つの状況を“同じ種類の危機”として扱っている可能性を示しています。
特にこの2つの領域の、前帯状皮質(anterior cingulate cortex)は、本来、身体的な痛みに対して「つらい」「耐えがたい」と感じる情動的な反応を司る脳領域であり、島皮質(insula)は、体の内側の状態(心拍の変化や不安、吐き気など)を感知し、「不安だ」などの感情と結びつける役割を担っています。
つまり、これらの脳領域が活動するということは、「社会的な排除」や「否定的な評価」は、単に「心が痛む」というだけでなく、実際に身体を傷つけられたかのような危機感のある感覚であることを意味しています。
人気者ほど、仲間外れにされたときのショックが大きいというのはなんとなくイメージしやすい問題です。
そのため、人気者にとって知らない誰かの否定的な態度は、「人気者なはずの自分が仲間外れにされた」というのと同等のショックとして脳内で処理されている可能性があるのです。
SNSなどの有名人が、ファンでもない通りすがりのアカウントから出た否定的なコメントを無視できない理由もここに起因している可能性があります。
ではこの共通の反応はなぜ起こるのでしょうか?
それは、人間の脳が進化の過程で「社会的なつながりの断絶」を非常に深刻なリスクとして扱うように設計されてきたからだと考えられます。
狩猟採集時代のように小さな集団で暮らしていた時代、人と人とのつながりは生存に直結する重要な要素でした。そのため、どんなにささいな“拒絶のサイン”でも、それを敏感に察知して早期に対応することが、長期的に見れば生き残りに有利だったのです。
こうした仕組みが、現代の私たちの脳にもそのまま残っており、「あからさまな仲間はずれ」や「よそよそしい人の視線」「自分に否定的な意見」に対しても、同じ様に適用されている可能性が考えられます。
特にこの研究が注目するのは、「社会的につながりの多い人」ほどその反応が強かった、という点です。
友人や知人、支持者の多い人は、つながりを維持し、多くの人と良好な関係を保つことが、ある意味で「自分の立場や価値の証明」として機能しています。そのため、その関係性が傷つく兆候には、より大きな危機感を覚えるのです。
つまり人気者は、「みんなとうまくやっている状態」が自分の“社会的基盤”になっている分、それを脅かす要素には、脳が過敏に反応してしまうと考えられます。
今回の2つの実験が示しているのは、「社会的排除に対する脳の反応は、状況の明確さや相手の重要性に関わらず、自動的に起きてしまう」という人間の根本的な認知バイアスです。
ここには合理性は伴っていません。それは、まさに人間の脳が何万年もかけて身につけてきた“生存本能”の一部なのです。
本来、仲間や支持者が多いのであれば、少数の関わりが薄い人からの否定的なコメントは無視して構わないもののはずです。ネット上で人と交流するときには、こうした人間の性質を理解して、理性的に判断するよう心がけたほうが良いでしょう。