ほぼあらゆるウイルス感染から保護するmRNA薬
ほぼあらゆるウイルス感染から保護するmRNA薬 / Credit:Canva
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ほぼあらゆるウイルス感染から保護するmRNA薬 (2/3)

2025.08.15 19:00:25 Friday

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万能ウイルス防御を細胞と動物でテスト

万能ウイルス防御を細胞と動物でテスト
万能ウイルス防御を細胞と動物でテスト / Credit:Canva

まず研究チームは、「ISG15」という遺伝子が欠けている人の細胞が、なぜ多くのウイルスに対して重い症状が出にくいのかというしくみを調べました。

ISG15が働かないと、体内で免疫の“警報装置”が小さく鳴り続ける状態が保たれ、ウイルスが侵入してもすぐに反応できる体勢が整うと考えられます。

このような警戒状態には「ISG」と呼ばれる遺伝子群が関係しており、それぞれが「防御たんぱく質」を作る設計図になっています。

実際、ISG15が失われると60種類を超えるISGが活性化しますが、研究者たちはその中でもウイルスの増殖を広く抑えられそうな10種類に絞り込みました。

これらはウイルスが細胞に入る前・増える途中・外に出ようとする段階などで働き、さまざまなタイミングでウイルスの活動を妨げると考えられています。

次に、これら10種類の防御たんぱく質を一斉に細胞内で作らせるため、研究チームはmRNA薬という最新の技術を活用しました。

mRNAは細胞に「このたんぱく質を作ってください」と命令を伝える分子で、新型コロナのワクチンにも使われています。

チームは10種類の遺伝子ごとにmRNAを合成し、それらをまとめて「脂質ナノ粒子(LNP)」というナノサイズのカプセルに封入しました。

こうして作られた「10-ISGカクテル」は、ウイルス退治の専門家チームへ一斉に出動命令を送るような仕組みです。

このmRNA薬を使った最初の実験では、ヒトの培養細胞に薬を導入し、ベシキュロウイルス(VSV)、インフルエンザウイルスA型、ジカウイルス、ウエストナイルウイルス、そして新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などを感染させました。

10種類すべてを同時に作らせたときに最も強い効果が見られ、複数のウイルスの増殖が大きく抑えられました。

一方で、1種類ずつ使った場合には、たとえばMX1はVSVやインフルエンザに、IFI6はジカに部分的な効果を示しましたが、広い範囲には十分ではありませんでした。

つまり、10種類を組み合わせることで互いの力が補い合い、相乗効果が生まれたのです。

この戦略は複数の薬でウイルスの逃げ道をふさぐ「カクテル療法」に似た、遺伝子版の新しいアプローチと言えます。

副作用についても細胞実験の範囲で慎重に確認されました。

10-ISGカクテルを導入した細胞では、インターフェロンを直接加えたときのような強い炎症反応は見られず、細胞の生存率も通常と変わりませんでした。

つまり、余計な“警報”を鳴らさずに必要な防御だけを静かに働かせることができたのです。

この技術が生きた体でも通用するかを確かめるため、次にマウスとハムスターで動物実験が行われました。

まずマウスには致死量のインフルエンザウイルスA型を感染させ、感染の1日前に10-ISGカクテルを投与しました。

3日後には肺内のウイルス量が大きく低下しましたが、生存率の大幅な改善までは達成できませんでした。

今後は投与タイミングや量、遺伝子の組み合わせの改良でさらなる効果向上が期待されています。

ハムスターの実験では強毒株のSARS-CoV-2を用い、感染の1日前に同じmRNA薬を鼻から投与しました。

薬を受けたハムスターは体重の減少がほとんどなく、肺内ウイルス量も少なく、肺の組織ダメージも軽減されました。

この結果は、事前にmRNA薬を使うことで感染後の重症化を抑えられる可能性を示唆しています。

以上のように、10種類の防御遺伝子を一時的に働かせる方法は、ヒト細胞実験と動物実験の両方で多くのウイルスに効果を示し、広域防御戦略の第一歩となると期待されています。

次ページパンデミックに備える“体内防衛薬”

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