ラットから人間へ:実用化までの課題とは

今回の研究がなぜ画期的で大きな注目を集めているのか、その理由を理解するには、まず脊髄損傷がなぜそんなに治りにくいのかを整理しておく必要があります。
脊髄は、脳から手や足に指令を送る「神経の大切なケーブル」のような役割を果たしていますが、一度完全に切れてしまうと、自然に元通りにつながることはほぼありません。
これは、切れた神経の間に新しい神経が自力で伸びてつながることが難しいからです。
今回の研究チームが挑戦したのは、これまでの治療とは大きく異なる新しいアイデアでした。
そのポイントは「3Dプリンター」と「オルガノイド」という、二つの新しい技術を組み合わせて使ったことです。
「オルガノイド」とは小さな細胞の塊から人工的に作った、ミニサイズの臓器のような組織のことです。
小さいけれども、本物の臓器と同じような働きをすることから、「ミニ臓器」とも呼ばれています。
研究チームは、3Dプリンターを使って脊髄の神経が自然に成長しやすい形を持った、非常に小さな足場を作りました。
そこにヒトの細胞を入れて培養すると、ちょうど本物の脊髄のような形を持ったミニ臓器(ミニ脊髄)ができたのです。
今回の実験では3Dプリンターを使って細かな溝を持つ特殊な足場を作り、切れた脊椎の間に入れるのに適した形に成形されました。
その結果、完全に麻痺して歩けなくなっていたラットが、ぎこちなくも再び歩けるまで回復したというのが今回の実験の最も大きな成果です。
いわば、途切れた橋の間に、新たに架けた橋がしっかりとつながったおかげで、再び「交通」が再開されたような状態が起きたわけです。
とはいえ、もちろん課題も残っています。
今回成功したのは、あくまでラットという小さな動物での話です。
人間の脊髄はラットよりもはるかに大きく複雑な構造をしているため、そのまま同じ方法が使えるとは限りません。
実際に人間への治療を目指すには、より人間に近い動物での試験を経て、安全性や効果を十分に確かめる必要があります。
また、実際に患者さんに使うためには、その人の体に合った細胞や人工の足場を精密に作り上げる必要もあり、まだまだ多くの研究や試験が必要です。
しかし、この研究によって、「一度切れた神経を人工的なミニ臓器でつなぎ直すことが可能である」という非常に重要な一歩が示されました。
これまで困難とされてきた脊髄損傷の治療に、新しい希望をもたらす大きな前進です。
研究チームのParr博士は、「再生医療が脊髄損傷の治療に新しい時代を開きつつある。このミニ脊髄の技術をさらに発展させ、人の治療にも活かせる日を目指しています」と期待を語っています。
ラットの歩行が再び可能になったという実験結果は、将来的に多くの患者さんが再び自分の足で歩ける未来を示す、非常に大切な成果なのです。
頭では皆考えたことがあるであろうことですが、できそうだという見込みが立ったわけですね。
これが実用化できてもとの神経と機能的に差がないレベルまで回復できるようになれば、手術の際にいったん神経を切ってしまってから再度つなげ直すとかもできるようになるわけですね。