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Credit:川勝康弘
biology

ローマ帝国と唐の時代に「人と暮らすネコ」が知らぬ間に別系統に入れ替わっていた (2/3)

2025.12.01 18:30:07 Monday

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なぜリビアヤマネコは地元のヤマネコを置き換えたのか?

なぜリビアヤマネコは地元のヤマネコを置き換えたのか?
なぜリビアヤマネコは地元のヤマネコを置き換えたのか? / Credit:Canva

なぜ、北アフリカのヤマネコF. lybicaだけが「完成品イエネコ」になるところまでたどり着けたのでしょうか?

ここでは、家畜化研究とゲノム研究から見えてきた「チューニングの中身」を、階層ごとにざっくり見ていきます。

まず時系列です。

進化生物学者のDriscollらが描いたモデルでは、北アフリカのヤマネコの家畜化にはざっくり次のステージがあります。

  • ステージ0:完全に野生の F. lybica

肥沃な三日月地帯〜ナイル上流の半砂漠・ステップに住み、小型げっ歯類を狩る単独ハンター。

  • ステージ1:人間のそばに住み着き始めた時期(約1万〜9,000年前)

農耕が始まり、穀物倉やゴミ捨て場にネズミが大発生。好奇心が強く、人間にあまりビビらない F. lybica 個体が、村の周りに通い始める。キプロス島の9,500年前の「人とネコの合葬墓」は、この段階の象徴とされる。(中国のレオパードキャットやヨーロッパヤマネコも、似た時期までは進んだと考えられます)

  • ステージ2:近東の「半家ネコ」期

村ごとに“人慣れヤマネコ”が定着し、自然選択によって「人や他のネコに寛容な性格」が少しずつ増える。ただし繁殖の主導権はまだネコ自身にあり、完全な家畜とは言い難い。

  • ステージ3:エジプトでの本格家畜化(約4,000年前〜)

新王国期エジプトの絵画には、首輪をつけ、家の椅子の下で餌をもらうネコが繰り返し描かれる。女神バステト信仰や大量のネコミイラから、神殿での集団飼育・計画的繁殖が行われていたと推定される。

  • ステージ4:完成品の“世界展開”

ここまでチューニングされた F. lybica 由来のイエネコが、地中海の船やローマ帝国の交易網、さらにシルクロードに乗って世界各地に運ばれていく。

エジプトのナイルや肥沃な三日月地帯は農業が特に盛んであり、北アフリカのヤマネコたちはネズミだけでお腹いっぱいになっていたことでしょう。

一方で人間のほうは、ネズミを退治してくれる北アフリカのヤマネコに対して 中国やヨーロッパではほとんど見られない規模の「神格化」 という文化的な側面からの支援を与え、人間との関係が長期化し、寺院などでの大量飼育もおこなわれました。

さらにネコは豊穣の女神バステトと結びつき、神殿で大量に飼育され、ミイラとして埋葬されました。国外にネコを持ち出すことが禁じられていた、という記録すら残っています。(※実際には交易や密輸によってエジプト猫は地中海世界に広がっていきます)

すると北アフリカのヤマネコたちの間で進化が起こりました。

行動面では、「怖がりすぎない」「他のネコと同居できる」「人間をある程度は信頼できる」という性質が少しずつ濃くなっていったと考えられています。

また脳と遺伝子のレベルでも、微妙なチューニングが行われました。

ゲノム解析では、恐怖条件づけや記憶、報酬系に関わる神経遺伝子群に強い選択のシグナルが見つかっています。

要するに、「新しい刺激に対して過剰にパニックを起こさず、人からのご褒美や安心感を学習しやすい脳」へと、じわじわと偏りが生じてきたということです。

これは古典的な「キツネを何世代も選んで飼いならすと、勝手に“イヌっぽくなる”」実験ともよく似ています。

見た目も、少しずつ“人間好み”に寄っていきました。

現代のイエネコは野生のヤマネコに比べるとわずかに小柄で、顔つきが幼く、毛色や模様のバリエーションが極端に広がっています。

とくにエジプト以降の時代になると、斑や白斑、トラ模様など、「人が面白がって残したくなる柄」が増えていきます。

このあたりは、もはや自然選択というより「エジプト人とその後継文明による猫いじり」の結果と言ってもいいかもしれません。

このように北アフリカのヤマネコだった存在は、人間社会で進化していくことで人間好みのツンもデレも兼ね備えた「真のイエネコ」になっていったのです。

そしてこの真のイエネコがヨーロッパに持ち込まれると、ヨーロッパヤマネコは人里から元々の山に生息地を戻していった と考えられています。

さらに興味深いことに、DNAの分析によると、ヨーロッパでのネコ枠の置き換えは今からおよそ2000年前のローマ全盛期であったことがわかりました。

これはヨーロッパに北アフリカ生まれのイエネコが入り込んだのは 新石器時代にはすでに起きていたと長く考えられてきましたが、 実際は遥かに浅い歴史しかなかったわけです。

まとめると「新石器時代〜鉄器時代まではヨーロッパヤマネコだけの世界」→「ローマ帝国期に、北アフリカ製の“イエネコ完成品”が大量流入」→「その子孫が、現代ヨーロッパのペットネコのほぼすべてを占める」といった感じです。

エジプトでチューニングされた「真のイエネコ」は野生的過ぎるヨーロッパヤマネコに比べて人間にとって非常に好ましい存在であり、置き換えは容赦なく進んでいったと考えられます。

実際この時期のローマ帝国の文字資料や絵の中にイエネコ的な猫の登場が増えていったことは考古学的には知られています。

ただ悲しいのは、人類たちは自分たちのそばにいるネコの系統が入れ替わってしまったことに気付かなかったようです。

次ページ今では世界各地のヤマネコがイエネコに置き換わりつつある

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