ガラスを食べ続けた男性と「異食症」
2012年頃、32歳の男性が医療機関を訪れました。
彼には特別な精神疾患の既往はありませんでしたが、10年間ずっと、人には言いにくい奇妙な習慣を続けていました。
それは「ガラスを食べる」という行動です。
男性は、日中いつも口の中にガラス片を忍ばせ、そのまま噛み砕き、飲み込まずにはいられない状態になっていました。
飲み込んだ後は一時的に落ち着くものの、しばらくするとイライラと落ち着かなさが戻り、再びガラスを求めてしまう。
これは嗜好でも興味本位でもない、強迫的な渇望そのものだったといいます。
精神科的評価の後に行われた画像検査では、行動の異常を説明し得る脳の病変が見つかりました。
つまりこの男性の行動は、単なる「奇行」と片づけられるのではなく、医学的要因のある症状として捉えられる必要があったのです。
このような行動は、医学的に「異食症」と呼ばれます。
異食症とは、本来食べ物ではない物質を、1カ月以上にわたり持続的に食べてしまう状態のことです。
対象は多岐にわたり、土や粘土、紙、石鹸、スポンジ、草、硬貨、ボタン、マッチの燃えかすなど、ほとんど無限の種類が報告されています。
ガラスを食べてしまう例は非常に珍しいものの、医療の現場でまったく前例がないわけではありません。
また、異食対象によって専用の名称が付けられる場合もあります。
たとえば土を食べる行動は土食症(geophagy)、氷を長期間大量にかじる行動は氷食症(pagophagia)と呼ばれます。
複数の非食品を食べる状態は「polypica」と分類されることもあります。
ここで重要なのは、異食症が「幼児の探索行動」とは根本的に異なる点です。
小さな子どもが物を口に入れるのは発達段階として自然な行動です。
しかし異食症は、年齢相応の発達段階では説明できず、しかも衝動が長期間継続するのが特徴です。
また、文化的な慣習として短期間粘土を食べる地域もありますが、これも異食症とは区別されます。
異食症の本質は、「食べ物ではないものを強い欲求に突き動かされて食べてしまう」点にあるのです。
では、異食症は世界でどれくらい見られるのでしょうか。




























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