空気読みは目で起きる?脳の「第3ルート」仮説

空気感を感じるための第3の経路は存在するのか?
この謎を解明するにあたりインドのクリスチャン・メディカル・カレッジ(CMC Vellore)と、オーストラリアのメルボルン大学(The University of Melbourne)などの共同研究が大きな役割を果たしました。
この研究では局所的な脳損傷のある108名を対象に、2種類のテストを実施しました。
一つは静止画の顔写真から感情を当てるテストで、もう一つは短い動画で映る顔から感情を当てるテストです。
写真のテストは5つの選択肢から、動画のテストは6つの選択肢から、その人が表している感情を選んでもらいました。
ここで問われているのは、「顔が見えるか」ではなく、「顔が変化していく様子から、いまの気持ちを読み取れるか」という点です。
つまり、空気感の材料になりやすい“変化の読み取り”を、できるだけ素直な形で測ろうとした実験だと言えます。
結果は、研究者たちの狙いをはっきり映すものでした。
損傷が側頭葉の上側頭溝(STS:脳の側面にある溝)の後部(pSTS:後ろ側)付近に及んでいたグループでは、「動いている顔」の感情認識が大きく低下していたのです。
一方、後頭側頭部の腹側(下側)の顔を見分けるのに関わる領域付近が損傷していたグループでは、「静止画の顔」の感情認識が著しく低下し、「動いている顔」の認識は比較的保たれていました。
つまり脳の損傷場所によって、「動画の表情のほうが理解しにくい」人と「写真の表情のほうが理解しにくい」人が現れたのです。
写真でも動画でも映っている人が同じなら変わらないように思えますが、脳にとっては、止まっている顔は“名札”、動いている顔は“実況”のように、別の読み方が走っている可能性が浮かび上がったわけです。
そして空気感に近いのは、名札よりも実況のほうです。
Pitcher氏の総説ではこの結果を重要な証拠として扱い、動いている顔の読み取りが崩れる場所が見つかったことは、「空気読み」を支える視覚の回路が従来の2本とは別に存在する可能性があるという考えを支持するものだと捉えています。
もしこの「第3経路」仮説が正しければ、社会的コミュニケーションの困難さを抱える人々への新たな光となるかもしれません。
実際、一部の研究では自閉スペクトラム症や統合失調症などで、第3の経路に含まれるSTSの働きが弱い、または通常と違う形で働いている可能性が報告されています。
「空気を読むのが苦手」という特性も、もしかすると脳内のこの社会的視覚回路の結線や感度の違いで説明できる可能性があります。
将来的には、第3の経路の状態を指標にして発達障害の理解や社会技能トレーニングに役立てる、といった応用も考えられるでしょう。
もしかしたら未来の世界では、脳の「空気読み回路」の働きをうまく支える方法が見つかり、今よりスムーズに空気を読める人が増える時代が訪れているかもしれません。

























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