なぜウサギはナポレオンを襲ったのか?
この異様な光景を後世に伝えたのが、ナポレオン軍の将軍であったポール・シャルル・フランソワ・アドリアン・アンリ・デュドネ・ティボーと伝えられています。
彼は回想録の中で、次のように記しています。
ウサギたちは皇帝の側面を突き、背後から激しく襲いかかり、脚の間にまで積み重なって彼をよろめかせた。その結果、「征服者の中の征服者」は完全に疲弊し、退却を余儀なくされた、というのです。
ナポレオンは馬車へ逃げ込みますが、それでもウサギの襲撃は止まりませんでした。
歴史家デイヴィッド・チャンドラーは、この場面を皮肉交じりに「多くの将軍よりも優れたナポレオン戦略の理解を示した」と表現し、ウサギの群れが左右に分かれて馬車へ殺到したと記しています。
中には、馬車の中にまで跳び込んだ個体がいたとも伝えられています。
最終的に攻撃が終わったのは、馬車がその場を完全に離れてからでした。
ヨーロッパを支配していた皇帝は、この日、ウサギとの戦いに敗れたのです。
では、なぜこんな事態が起きたのでしょうか。
原因は単純でした。
ベルティエの使者は、狩猟用の野生ウサギではなく、農家で飼われていた「飼いウサギ」を購入してしまっていたのです。
しかも彼らはその日、餌を与えられていませんでした。
人を恐れない空腹のウサギたちは、ナポレオン一行を「危険な狩人」ではなく、「餌を運んできた存在」だと勘違いし、一斉に駆け寄ったのでした。
史実と伝説のあいだで残る、奇妙な敗北
この話はあまりに出来すぎており、本当に起きた出来事なのか疑問視する声もあります。
実際、一次史料は限られており、ティボーの回想録も事件からかなり後に出版されたものです。そのため、多少の誇張や私怨が混じっている可能性は否定できません。
それでも、複数の歴史書や証言が似た内容を伝えているのも事実です。
完全な真実かどうかは別として、「絶対的な権力者が、思いもよらぬ存在に翻弄された」という構図は、歴史の中でも強烈な印象を残します。
「戦場では無敗を誇ったナポレオンでさえ、空腹のウサギの前では無力だった」
この奇妙なエピソードは、英雄もまた人間であること、そして歴史が時に信じられない出来事で彩られていることを、私たちに静かに教えてくれます。






















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