診断の10年前から現れた「形容詞」の低下
解析の結果、プラチェット氏の文章には、診断よりもはるか以前から変化が生じていたことが分かりました。
最も顕著だったのは、診断後に書かれた作品では「形容詞(adjectives)」と「名詞(nouns)」のバリエーションが有意に減少しており、シンプルな言葉が繰り返し使われる傾向になっていたことです。
しかし、使われている単語の種類は減っていましたが、小説1冊あたりの総単語数自体は増加する傾向にありました。
この現象は、何を意味しているのでしょうか。
研究チームは、これが適切な言葉がとっさに思い浮かばなくなる「喚語(Word retrieval)」の困難を、文章を長く書くことで補おうとした結果ではないかと考察しています。
そして解析によって特定された「変化の転換点」は、1998年発表の第22作『The Last Continent』でした。
これは、彼が正式に認知症の診断を受ける9年7ヶ月も前の作品です。
この作品を境に、彼の「形容詞」の多様性は、解析で示された一定の基準値を下回り始めました。
また興味深いことに、動詞や副詞では、同じような明確な差は示されませんでした。
この違いは、文章全体が一様に単純になったというより、言葉の種類によって変化の出方が異なる可能性を示しています。
この研究の意義は、言葉の変化が「老化」によるものか、それとも「病気」によるものかを区別できる可能性を示した点にあります。
過去の研究では、健康な作家は80代になっても高い語彙多様性を維持できることが示されており、プラチェット氏に見られた急激な変化は、病気特有のサインである可能性が高いと考えられます。(作家P.D.ジェイムズは80代後半になっても言語の多様性が安定して維持されていたことが示されている(Le et al.,2011))
実際に、アイリス・マードック(Iris Murdoch)やアガサ・クリスティ(Agatha Christie)といった他の著名な作家の研究でも、認知症診断の数年前から同様の語彙の単純化が見られたという報告があります。
ただし、この結果を解釈する上では、いくつかの注意点もあります。
今回の解析はあくまでプラチェット氏個人の文体に合わせたものです。作家によって元々の語彙力や作風は異なるため、ここで得られた「形容詞の多様性」という基準値をそのまま他の作家や一般の人に当てはめて認知症を判定することはできません。
また、作家が自身の体調を自覚して意識的に文体を変えた可能性や、編集者の介入といった外部要因も完全には否定できないと研究者は述べています。
しかし、自分自身の過去の文章を「基準」として、その変化を長期間モニタリングする手法は、将来的に非常に強力な早期発見の補助ツールになる可能性があります。
もしかしたら将来、SNSや日記をAIが分析し、自分では気づかない変化をそっと教えてくれる日が来るのかもしれません。


























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