傷を治し、免疫を動かし、海水から栄養を吸う組織
切断直後の管足組織は、当然ながら傷ついていました。
切断面では表皮が壊れ、内部組織が露出していました。
普通ならここから微生物が侵入し、組織は崩れていくはずです。
ところが Psolus fabricii の組織片では、まず傷んだ組織が取り除かれ、その後、周囲の表皮が巻き込むようにして傷口を閉じていきました。
実験では、切断から6日ほどで傷口が閉鎖されたことが確認されています。
これは、単に組織が腐らず残ったという話ではありません。
組織が自分で損傷部位を処理し、修復を進めていたことを意味します。
さらに研究チームは、細胞分裂とアポトーシスも確認しました。
細胞分裂は新しい細胞を増やす働きであり、アポトーシスは傷んだ細胞や不要な細胞を、体の仕組みで片づける働きです。
傷の修復では、この「増やす」と「片づける」が協調して働く必要があります。
今回の組織片でも、切断後の初期段階で細胞分裂とアポトーシスが周期的に変動しており、組織がただ受動的に残っていたのではなく、動的に再構築されていたことが示されました。
また、ナマコの免疫細胞である Coelomocyteも重要な役割を果たしていました。
これは大まかに言えば、人間の白血球のように、傷口を守ったり異物を処理したりする細胞です。
それにもかかわらず組織片が崩壊しなかったのは、この免疫細胞が傷口の保護や清掃を担っていたためだと考えられます。
さらに不可思議なのは、切り離された組織には口も胃もないという点です。
食べることができない組織が、どうやって数年も生き続けたのでしょうか。
研究チームは実験から、組織片が海水中に溶けたアミノ酸を吸収していることを明らかにしました。
つまり、この組織は外から餌を食べるのではなく、周囲の海水に溶け込んだ栄養を直接取り込んでいた可能性があります。
加えて、内部では筋肉組織が徐々に失われ、結合組織が優勢になっていきました。
研究者たちは、移動する必要のない組織片では筋肉の役割が小さくなり、その一部が分解されて栄養源として使われた可能性があると考えています。
組織は生き延びるために、自分の構造を作り替えていたのかもしれません。
一方で、すべての組織が同じように生き延びたわけではありません。
体の奥にある体壁の組織片は傷を修復できず、比較的短期間で崩壊しました。
また、他の棘皮動物の管足や触手でも初期の治癒は見られましたが、Psolus fabricii のように3年以上維持されることはありませんでした。
このことから、今回の現象は棘皮動物全般に共通する単純な再生能力ではなく、Psolus fabricii に特有の性質である可能性があります。
なぜこの種だけが、ここまで強い組織維持能力を持つのでしょうか。
論文では、Psolus fabricii が持つ特殊な化合物や、免疫細胞の働き、結合組織の再編成、栄養吸収能力などが関わっている可能性が示されています。
ただし、詳しい仕組みはまだ解明されていません。
今後は、長期間生き続ける組織で細胞老化が抑えられているのか、どの遺伝子や分子が関わるのか、なぜ自然海水中の微生物環境に耐えられるのかを調べる必要があります。
この研究は、すぐに再生医療へ応用できる技術を示したものではありません。
しかし、複雑な動物組織が体から切り離された後も、傷を治し、免疫を働かせ、栄養を取り込み、数年単位で生き続けられるという事実は、組織工学や老化研究に新しい視点を与えます。
生命は、私たちが思っているほど「個体」という枠に閉じ込められていないのかもしれません。




















































